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ゆったりと生きよう
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生き方・教養
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しがみついて生きる

『ゆったりと生きよう』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


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どう生きればよいのか


 ときに、もどかしくてならないことがある。自分ではよくわかっているつもりでいても、いざそれを他人(ひと)に伝えようとして、なかなかわかってもらえないようなときである。

 話題は、もちろん仏教に関してのことだ。問題が教理的・思想的なことであれば、ある程度納得してもらえるように話せる自信のようなものはある。その場で答えられなくても、あとで勉強して回答すればよいのだから、気は楽だ。しかし、生き方の問題ということになれば、わたしのことばは突然歯切れがわるくなる。

 生き方──仏教的な生き方について問われることが多い。

 こんなとき、仏教徒としてはどう考えればよいのですか?

 このような状況にあって、わたしたち仏教者はどう行動すればよいのですか?

 わたしは、どう生きればよいのでしょう……?

 他人からそういった質問をうけるばかりでなく、わたし自身だって同じ疑問を抱くことがある。毎日毎日の生活のなかで、ほんとうにいろいろな問題にぶつかる。新聞は、世の中の悲しい出来事を伝えている。自殺──。多くの人々が、みずからの手で生命(いのち)を絶つ。諸外国にだって自殺者がないわけではないが、しかしいずれも老人の厭世自殺が多いそうだ。けれども、日本では、若い人たちが自殺をする。あどけない年齢の小学生が、われとわが生命を絶ったという報道を前にして、わたしは茫然としてしまう。仏教の教えは、これをなんともできぬのであろうか……。そう考えると、たまらなくなる。

 暴力──。中学校における校内暴力が伝えられる。そんなとき、わたしは思うのだ。先生方が、まず暴力をやめることだ、と。宿題をやってこなかったと言って、竹刀でもって生徒を叩く先生がいる。合唱の練習のとき、「君たちはタルんでいる」といって、大勢の生徒を竹刀で叩いた先生がいる。そしてその先生は、それを「体罰」だと主張する。なんと名前がつこうが、暴力は暴力だ。先生が暴力をふるっておいて、生徒の暴力を糾弾はできぬはずだ。
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