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ゆったりと生きよう
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生き方・教養
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子どもの仕付け

『ゆったりと生きよう』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


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戦後の日本は甘くなった


 イソップ物語かグリムの童話に、こんな話があったはずだ。

 親子が驢馬(ろば)を市場へ売りに行く。親が手綱をとって、子は驢馬の背に乗っていた。それを見た道すがらの人が言う。
「年寄った親を歩かせるとは、この親不孝者め

 と。

 西洋人は、実際このようなことを言うらしい。電車やバスに割り引き料金で乗車している子どもは、空席のないかぎり立っているのが当然だとする通念がヨーロッパにはある。空席がなくなれば、まず立たされるのは子どもだという。日本とは、まさにあべこべである。だから、親が歩いて子が楽をしている光景を見て、それを批判する人間がいても、ヨーロッパではあたりまえのことなんだ。この話を最初に教わったとき、子どもが驢馬に乗るのはあたりまえなのに……とわたしは思ったが、それはわたしが日本的常識で考えていたためである。

 ともかく、道行く人から非難をうけた親子は、そこで互いの立場を交替した。子が手綱を持ち、親が驢馬の背にまたがった。

 すると、また、道で出会った人が非難した。
「自分だけ楽をして、子どもがかわいそうに……」

 そこで今度は、親子ともに驢馬に乗った。

 だが、それでも非難をうける。
「あれでは驢馬がかわいそうだ。それに、売りものにするのであれば、驢馬を疲れさせるのは得策ではなかろうに……」

 親子は、「なるほど」と思った。それで二人は、驢馬の四肢を一本の棒にしばりつけ、驢馬をさかさにして肩にかついで行ったという。

 わたしは、どうも話をつくりかえるくせがある。(それはわたしばかりでなく、たいていの人がそうであろう。人間の記憶というものは知らず知らずのうちにその記憶の内容を改変するメカニズムになっているらしい。)だからこの話だって、わたしは相当に潤色しているのであろうが、まあ大方はこういう筋であったと思う。

 ところで、この話──。

 もともと世間というものは、口さがなく勝手な批判を人にあびせるものである。ああすればこう、こうすればああと、われわれはどんなことをしたって、かならず世間の人々の非難の対象となるにきまっているのだ。
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