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生き方・教養
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良心的兵役拒否

『ゆったりと生きよう』
[著]ひろさちや [発行]PHP研究所


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政治にどうかかわるか


 仏教者として、政治にどうかかわるべきか……?

 非常にむずかしい問題だ。しかし、わたしたちが「仏教者としての生き方」を追求するとき、この問題を避けて通ることはできない。いちどは対決せねばならぬ問題である。

 まず第一に、「かかわるな」という解答がある。

 わが国曹洞宗の祖=道元禅師は、入宋して如浄禅師について禅を修められた。この如浄禅師が、弟子の道元禅師の帰国に際して、次のような(はなむけ)のことばを贈られたという。
「城邑聚落に住することなかれ、国王大臣に近づくことなかれ、ただ深山幽谷に居して、一箇半箇を接待し、わが宗をして断絶を致さしむることなかれ」

 大都会や人々の(つど)う所に住んではならない。国王大臣に近づいてはならない。そう教えられた道元禅師は、そのアドヴァイス(訓戒)に忠実であられた。おそらく伝説ではあろうが、道元禅師の潔癖ぶりを示す逸話がある。それは、時の将軍=北条時頼が、道元禅師の住まれる永平寺に寺領を寄進しようとした折のことである。玄明(げんみよう)という弟子が時頼からの寄進状を持ち帰って、得々として衆中に触れ歩いたという。道元禅師はそれを苦々しく思われ、玄明を追放したばかりか、彼が坐禅をしていた場所の床を切り取り、その下の土まで捨てさせたのである。それほどまでに、道元禅師は政治(国王大臣)にかかわることを拒否されたのだ。

 釈迦伝の中にも、同じ結論を暗示するエピソードがある。

 釈迦が出家をされた直後、釈迦は当時のインドで最大の強国であったマガダ国はその首都の王舎城(おうしやじよう)に足を踏み入れられたのであった。そしてそこで、国王のビンビサーラ王と対面され、国王からマガダ国への仕官をすすめられている。わが釈迦は、こんなふうに答えられた。──「王よ、わたしは世俗を捨てたのです。世俗の欲を充たさんとする気はまったくありません。わたしは知っているのです。世の欲望には必ずや憂いがあることを。世を捨てれば安穏(あんのん)であることを。わたしには、この〔出家の〕生活が最上です」
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