1 ― 自分を吊るすための綱さえ売る ―
共和党の国防長官コーエンヘの取材
「西部の開拓時代、アメリカの商人たちは最新式の銃をインディアンに競って売った。その結果、自分たちの命が危うくなるのを知っていながらだ」
ジャック・C・キャノンが私にこう言った。キャノンはマッカーサー占領軍が日本全土を支配していた頃、G2情報部門の責任者だったウイロビー将軍のもとで、中国大陸から共産主義と麻薬が日本に入ってくるのを防ぐ特殊任務についていた人物である。
引退後はメキシコとテキサスの国境にあるマクアレンという町に暮らしていたが、NHKのドキュメンタリー番組をつくることになり訪ねて行った。二十年以上も前のことである。
戦後の日本を舞台に銃を片手に暗躍したスパイの親玉という先入観がなかったわけではないが、一対一で長い間話したキャノンは博識で頭が良く人情の厚い人物だった。日本でキャノンと特殊任務部隊のキャノン機関がすっかり悪者にされてしまったのは、CIAの陰謀だったのではないかと私は疑っている。
年をとったとはいえ、キャノンはいまだにハンサムで端正な顔をしていた。少し皮肉っぽい口調で、キャノンはさらにこう言った。
「アメリカ人というのは、目の前の利益のためには自分を吊るす綱さえ売る」
自分が絞首刑になるときに使われる綱でも売ってしまうというわけである。私がキャノンを思い出したのは、クリントン政権の登場以来、共産主義国家の中国に最新式の技術を売り渡し、大陸間弾道弾や核弾頭の製造を助けているからである。クリントン大統領から国防総省の高官に至るまで、インディアンに最新式のウインチェスター銃を売り渡したアメリカの商人たちと同じことをやっている。
この問題を含めてアメリカのウイリアム・コーエン国防長官にアメリカの対中国政策や北朝鮮、台湾海峡の問題を聞きに行ったのは、クリントン第二期政権が発足してから半年後の一九九七年八月三日だった。
インタビューをすることになっている国防長官専用のダイニングルームに入ると、前任者のウイリアム・ペリー長官が残していった何枚かの浮世絵がそのまま壁に飾ってあった。彼の何代か前の先祖にあたるペリー提督の黒船が日本を訪問したときの浮世絵である。ダイニングルームの窓からは、国防総省の国旗掲揚台とその先にポトマック河が見える。川面が夏の暑い日差しを反射してきらきら輝いていた。
コーエン国防長官に会うのは二度目だった。前年の一九九六年の暮れ、アメリカの国防予算などについて聞くため、当時、上院軍事委員会の海軍小委員会委員長だったコーエン上院議員にインタビューしたからである。
その後コーエン議員は地元のメイン州の人々に「次の上院選挙には出馬しない」と表明し議会から離れていた。そのときのインタビューの最後に私が「上院議員をやめてこれから何をするんですか」と聞くと、彼はこう答えた。
「まだ決めていない。テレビキャスターにでもなろうか」
「新しい仕事場に必ず行きますよ。また話をしましょう」
そのときの会話の通り、私はクリントン大統領から国防長官に任命されたコーエン氏に会いにきたわけである。
コーエン国防長官の任命は政治的なものだった。確かにメイン州には軍艦の製造能力ではアメリカ一という造船会社があるし、コーエン氏は海軍の専門家である。だが優れた戦略家というわけではない。
クリントン大統領は共和党の国防長官が必要だったのである。共和党の反対が強い国防費の削減を、同じ共和党の国防長官に行なわせようとしていた。さらにクリントン大統領には、共和党の有力な閣僚を必要とする理由があった。
この頃、クリントン夫妻がアーカンソー時代に関与したホワイトウオーター事件がもつれたままで、「共和党がなんとか弾劾まで持っていこうとしている」という噂が出たり消えたりしていた。
もしかするとクリントン大統領は天性の政治的な勘で、やがては弾劾にかけられるのを予見していたのかもしれない。インターンとのセックス・スキャンダルの末にということは思いもよらなかったかもしれないが。
もっとも、共和党を取り込むためにコーエン氏を閣僚にしたとすれば、かなり皮肉な話である。一九七二年、ニクソン大統領が弾劾裁判にかけられそうになったとき、当時、若手の下院議員だったコーエン氏がいち早くニクソン弾劾ののろしを上げた。コーエン下院議員を代表とする共和党穏健派が民主党と一緒に動いたため、ニクソン大統領は弾劾の瀬戸際まで追い詰められホワイトハウスを去ることになったのである。
いずれにせよ、議会を去ったとはいえ、コーエン氏が共和党穏健派の実力者であることは変わりない。クリントン大統領はコーエン元上院議員を国防長官に任命することによって共和党陣営に楔を打ち込んでおきたかったのである。
コーエン国防長官は空軍の補佐官を一人連れて、長身を折り曲げるようにしてダイニングルームに入ってきた。ピンク色の肌、濃い眉毛、ゆったりとしたしゃべり方は変わりなかったが、国防総省という大きな組織の長になって、いささか緊張しているようにも見受けられた。大きな手で私と握手をすると用意された椅子に座り、インタビューが始まった。
――中国は北朝鮮の強力な軍事同盟国です。朝鮮半島の問題について中国はどのような態度をとると思いますか。
「中国は中国のことだけを考えてはいないと思いますよ。地域の利害を考えて行動しようとしている。その中国の考え方と北朝鮮の行動は一致していないと思う。北朝鮮がとろうとしている行動は中国の利益に反するものだ。
中国は極東地域で紛争が起きるのは好まない。中国は力の限りを尽くして、中国、アメリカ、韓国、北朝鮮の四者会談を成立させ、成功させたいと考えているはずだ」
――アメリカと中国の関係ですが、中国は強力な核ミサイルを持った超大国として対抗しようとしていると見る人もいます。もちろん日本はアメリカの軍事同盟国ですが、この状況をどう見ていますか。
「アメリカは中国とは敵対していない。我々は中国を閉じ込めようとは思っていない。私自身、中国を閉じ込められるとは考えていない。