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(2021/11/26 追記)

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夫への詫び状
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ルポ・エッセイ
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第V章 結婚、家族

『夫への詫び状』
[著]金美齢 [発行]PHP研究所


読了目安時間:38分
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 美齢は理想の妻?


 私たち夫婦は、よくしゃべるカップルだった。一緒にいるどんな時間もいつもしゃべっていた。そんなおしゃべりのなかで、周は私との結婚を決意したときの心境なども話してくれた。

 そんな断片が、今も私の脳裏に鮮やかに刻印されている。

 言葉が共有できること、政治的理念が完全に一致するということは、コミュニケーションが非常に深いところで成り立つということだから、彼は私に全幅の信頼を寄せてくれた。私も寄せた。

 さらに、理念だけでなくて、たとえば興味を持って読んだ本の話をしていても、哲学のことを話しても、高いレベルでお互いに分かち合えるのが、うれしかった。



 そんな彼があるときこんなことを話してくれた。
「ぼくが考えた結婚相手のことなんだけどね」
「……」
「ぼくは何も持っていない人間だろう。友人のように舶来の万年筆も持ってないし、いいスーツも持ってないし、何にも持ってない」
「確かに、そうね」
「何にも持っていないから、せめて結婚するときはいい相手を探さなきゃと考えたんだ。それには条件があるんだけど、ぼくの考えた条件は、相手の女性は、やっぱり頭がよくなくちゃいけない。語り合っていてもバカじゃしょうがないからね」

 おかしなことをいう人だと思いながら、私は黙って聞いていた。
「自分の次の世代のことを考えても、頭のいい人の子どもがほしいだろう。あと、健康は譲れないだろう。さらに性格がよくなくちゃいけないだろう。まあそのうえに美人だったらいうことないね、と」

 私は噴き出したいのをこらえていた。
「でも、こんなことをいっているぼくは何者なのか、と自分でも考えたよ。こんな条件を三つも四つもつけて相手を選べるような男なのか、って。当然、相手だって何か選ぶだろうね。だから、この際、しょうがないから美貌は捨てようと思ったんだよ。美貌なんてのは、スキン、つまり皮一重の問題だろう。だから美貌は捨てようと決心したんだ」
「そう。それで、その挙げ句が私ですか」

 長い結婚生活の中で、彼は何度もこの話をした。この話をするときは、いつもご機嫌だった。

 そして、私は、ぬけぬけとこの話をする彼に、いつもあきれながら、彼は心底純粋な人なのだと確認するのだった。

 次の話も、彼からよく聞かされた。台湾にいたころに、いちばん上の姉夫婦と交わしたという話だ。

 余談だが、十人きょうだいの彼には姉が四人いる。年長の姉たちは、彼がもの心つくころにはすでに結婚していたが、男の子では末っ子になる弟の彼をとてもかわいがってくれた。かわいがられて育っても、私のようにわがままにならなかったのは、彼の偉いところだと感心する。

 なかでも最年長の姉と仲がよくて、その家に入り浸って、姉の息子とは兄弟みたいな感じで育ったのだ。
「ぼくは、そのお姉さんに誓ったことがあるんだよ」
「なあに、どんなこと」

 と、私。
「ぼくは、ぼくの話していることを百パーセント理解してくれる人と結婚したいんだ。いや、絶対に結婚する、と」

 聞いていたお姉さんは笑いながらいったそうだ。
「あなたねえ、そんなこといったら、一生結婚できないわよ」

 彼は絵に描いたような堅物の優等生で、見た目は冴えないし、現にそれまでにガールフレンドのひとりもいなかった。第一、ものすごく理屈っぽくて、しゃべっていることが楽しくない。周囲の若い男性とまるっきり違って、女の子にもてるような要素は皆無なのだ。実の姉があやぶむのももっともだ。

 そんな彼でも、姉のいった「あなた、そんなこといっていると一生結婚できないわよ」という言葉は忘れられなかったらしい。だからこそ、私に会ったとき、彼は自分にいったそうだ。
「ここにいるじゃないか!」

 私のような女性を見るのは、周には初めてだったと思う。私のように、男性と対等に論争し、ものをはっきりいい、少しもひかえめでない、目立ちたがりの女性を見るのは。最初は新鮮な大きな驚きを感じただろうが、やがて、なんというわがままで派手な女なんだと思ったかもしれない。

 なにしろ、私は周に出会う前に、私を娘時代から知っていて私のことを「齢ちゃん」と呼ぶほど親しいある男性に、こんなことをいわれたほどだ。
「齢ちゃんて、やっぱり男性は近寄りがたいよな。おっかなくてね。ちょっと辟易(へきえき)しちゃうというか、おそれをなしちゃうというかさ」

 そのときに私が返した言葉は、
「そんな男、こっちからごめんよ」

 二人して笑ったが、この幼なじみはのちに私の妹と結婚した。妹は私とは正反対の穏やかな性格だ。

 話がそれたが、周は心底ラディカルでリベラルな人間なのだ。それゆえに、最初に正しいと思ったこと、自分がやるべきことは、その通りにしなければならないと思い込んでしまう。

 私のことを、「金美齢こそ理想の女性だ」と最初に思い込んだがために、その思いを変えようとしなかったのではないか、と私は思う。

 理想の女性と出会うことが、最大の目標(?)だったとみえて、その後の結婚生活やどういう家庭のスタイルがあるかなどということには、考えがおよばなかったようだ。だから、彼はほかの女性と結婚したらしたで、ごくごく普通の保守的で常識的な家庭を営んだと思う。だけど、私みたいなとんでもない女と結婚してしまって、違和感を持ったことも少なくはないと思う。でも、根っこのところで考えたら、妻のいっていることは道理にかなっているんじゃないか、正しいんじゃないかと思え、反対しようがなかった。そこで、私という妻を認め、どんなときも私の考えを聞いてくれたのだと思う。

 男のいうことがすべてであって、妻たるもの、夫が白といったら、たとえ黒いものでも白といわねばならない、というふうには(ごう)ほども思わなかったに違いない。たとえば彼はものすごく優しい人間だから、子どもができたら、大甘の父親になりかねなかった。しかし、私は最初に「子どもは絶対に過保護にしちゃいけない、甘やかしてはいけない」としっかり釘を刺した。甘やかすことイコール子どもをスポイルすることだと説いたら、納得してくれた。その後を見ていると、甘やかしたくてしょうがないふうだったが、そうか、やっぱり過保護にしちゃいけないんだと我慢していた。そういう意味では、やはり完全にラディカルでリベラルな人間だった。とはいえ、毎日の生活はごく普通の暮らしをしていた。



 学生結婚、そして働く主婦


 一九六四(昭和三十九)年、私たちは結婚した。彼は東大の大学院博士課程に進学する直前で、私は早稲田の大学院の修士課程の二年生に進級する直前で、学生結婚だった。私は三十歳になったばかり、彼は七月になれば三十一歳になるところだった。

 結婚した日は三月三日、たまたま選んだ日だったが、私はこの日は私にとってラッキーだと勝手に解釈した。三月三日はひなの節句。日本では女の子の祭りの日だ。そして、同じ節句でも五月五日なら、二人のパワーバランスはまさにフィフティフィフティ。
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