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悪は小さな芽のうちに摘め

『いき方』
[著]山崎武也 [発行]PHP研究所


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 度量の大きいことを表現するのに「清濁あわせ呑む」という諺がある。広大な海が清流も濁流も区別しないで受け入れているように、善い人であれ悪い人であれ、区別することなく受け入れる。その心の広さを賞賛すると同時に、そのような考え方を人々に勧めようとするものだ。

 しかしながら、濁や悪を単に受け入れるだけでは、事態を悪化させる危険性があるので、注意を要する。自分自身で濁を浄化したり悪を矯正したりする能力と自信があるときにのみ、清濁あわせ呑むことが許される、と考えなくてはならない。

 大自然の成り行きの中で生じた濁であれば、大海も処理し浄化する能力がある。だが、人工的な汚染物が大量に流れ込んだ場合は、大海自体に濁の要素が残ってしまう。そのような濁が入ってこないようにする能力や機能が大海にはない。その点については、人間がカバーして濁が入っていかないようにする必要がある。

 人間が大自然と異なるところは、小さいとはいえ強い意志を持ち、それに従って自分の行動をコントロールすることができる点だ。あらゆる事態において、事の善悪について的確に判断したうえで、それに対して適切な処置ないしは対応をするのが、人間の特質であり誇るべき機能であろう。

 世の中に善を多くし悪を少なくするためには、善を奨励し悪を排すればよい。それは誰でも知っている、簡単な条理である。どのような人でも常に間違いを犯し、大なり小なり悪という結果を招来している。したがって、徹底的に悪を排斥する姿勢に徹しようとすれば、人とつきあうことができなくなる。さらに突き詰めて考えていくと、自分自身とさえつきあえないと思うようになるだろう。

 すると、悪もある程度は我慢しなくてはならない、というのが現実的な考え方となる。そこでは、どの程度の悪までは許すとか大目に見るとかが問題になってくる。「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則があるが、貨幣に限らず、悪と善が行われているのをそのままに放置しておくと、自然に悪がはびこってくるのが、この世の習いである。

 小さい悪だからその影響も大したことはないだろうと軽く考えて、咎めもせず何らの対抗手段も講じないでいたら、悪はたちまちのうちに蔓延(まんえん)すると同時に、大きな悪へと「成長」していってしまう。悪は小さな芽のうちに摘み取っておくのが鉄則だ。

 たとえば、仕事の場における会議などの定刻であれ遊びの場における集合時間であれ、それに遅れるのは、取り決めに違反することであるから、明らかに悪の範疇(はんちゆう)に属する。一般的にいって、時間に遅れてくる人は決まっている。少し苦情をいうくらいに留めていると、次の機会にも平気で遅れてくる。

 小さな悪であるとして重大視しないから、問題意識が生じない。ずっと人に迷惑を掛け続けていても、何らの罪悪感も感じない。そのうちに、徐々にエスカレートしていって、大きく遅れても問題にはならないと考える。さらに、それまでは時間を守っていた人の中にも、遅れてくる人が出てくるようになる。そうなると、仕事のスケジュールに支障を来したり遊びの出端をくじいたりする結果となる。

 遅れてきた人には、小事とはいえ悪を為したことを認めさせ、きちんと反省させておかなくてはならない。そうでないと、文字どおり万障を繰り合わせて時間を守った人の立つ瀬がない。遅れた人と同列に扱うこととなれば、きちんとしている人を「不公平」に扱う結果となる。善を為した人と悪を為した人とを、きちんと「差別」をして扱わないと、公正の実現は望めない。

 もちろん、悪を為したことに対して、もっともで止むを得ない理由がある場合もある。そのときは寛大に構えて許すことも必要だ。だが、同じような立場にあって、皆に迷惑を掛けないで正しく行動している人のことも考えなくてはならない。さもないと、悪に対して広い心で鷹揚(おうよう)な態度を取ったために、善を実行している人たちに逃げられてしまうことにもなりかねない。

 濁や悪を呑むことがあっても、それは然るべき理由があるときに、その場限りの例外として許すに留める。大勢に影響がないと認めた場合に、部分的に容認するだけだ。大局的な見地に立ち、将来をも見据えたうえで、危険をはらんでいる要素が多いと思ったら、容赦なく悪と決めつけて厳しい姿勢で臨む。特に指導的な立場にある人の場合には、必要な心掛けだ。そこから自ずと品格が形成され滲み出てくる。
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