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ナポレオン大いに語る
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ルポ・エッセイ
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II 勝利の日

『ナポレオン大いに語る』
[編]フリードリヒ・ジーブルク [訳]金森誠也 [発行]PHP研究所


読了目安時間:59分
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1800/12/23
パリ
政府諸部門代表との対話 (枢密(すうみつ)院顧問ティボドー執筆)


   反ナポレオン勢力、特に暗殺団への対処について、ナポレオンは強硬的な意見を述べる。



 この会談はチュイルリー宮殿で行なわれ、政府諸部門の代表がナポレオン第一統領が前日「地獄の機械」といわれた暗殺団の襲撃から脱出できたことを祝福した。枢密顧問官の代表やセーヌ県知事がナポレオンが無事であったことを祝福し、また犯人はどうやら革命時のテロリストであったろうなどと述べると、ナポレオンは次のように答えた。
「一部の悪党どもが私個人を直接襲撃する限りでは、私は彼らの処罰を法に委ねなくてはならなかった。しかし今や、彼らは例のない犯罪によって市民の一部を危険にさらすようになった以上、これからは処罰は一層迅速かつ厳正でならねばならない。白昼堂々、犯罪によって自由を否定せんとしてきた数百人の悪漢たちも、今後は悪事に手を染めることがまったく不可能となろう」

 その後ナポレオンは、今回の事件について内相、警務相同席の下、枢密顧問官たちと話し合った。警務相は今回の事件の背後に王党派とイギリスがあると指摘した。
「いやいやそうではない。私はだまされないぞ」ナポレオンは言った。「今回の事件には貴族もブルボン王党派も聖職者も関係していない。犯人は持続的に大げさな反乱を起こし、常に時の政府と闘ってきた『九月』の連中(革命時のテロリストの残党)だ。彼らのなかには有力な手工業者、画家などもいるが、いずれも大胆な想像力をもち、一般大衆よりも教養が高く、しかも民衆のなかに入りこんで強い影響を及ぼしている。彼らはヴェルサイユ『九月』の連中、五月三十一日事件の関係者、プレリアル、グルネールらに操られてきたが要するに政府首脳に対するすべての陰謀の手先である」

 ほとんどすべての枢密顧問官が同じ考えであり、かなりはっきりとジョゼフ・フーシェ(権謀術数(けんぼうじゆつすう)の人。一七五九─一八二〇。フランス革命ではジャコバン派で、ルイ一六世の処刑に賛成したが革命後、ロベスピエールの打倒には協力した。一七九九年以後、総統政府とナポレオンの時代ばかりかブルボン朝の王政復古時代にも警務相として辣腕(らつわん)をふるった)を非難した。フーシェは会談の最中、一人だけ皆と離れ、顔面蒼白(そうはく)、落胆した様子であった。窓際に立ちすべての発言を立ち聞きしていたが、ひと言も発しなかった。いよいよこの男も失脚だなと皆に思われた。枢密顧問官のティボドーが彼に近づいて「これはいったいどういうことだ。なぜあなたは発言しないか」と言うとフーシェは「皆いくらでも話せばよい。私は国家の安全を危険にさらしたくない。私は時が来れば発言する。最後に笑う者が一番よく笑うのだ」と答えた。

 一方ナポレオンは「いかなる場合にも暗殺計画の主謀者と共犯者をできるだけすみやかに処罰する方途を発見せねばならない。立法機関および治安関係の各部門はこのことを協議するために早速参集すべきだ」と述べた。


 その日の夕方、枢密顧問官数人とナポレオンが会談した。ナポレオンは言った。
「私はあなた方と同意見だ。今度の場合には新しい法をつくることはない。すべてを特別法の枠内に統合してしまえばよい。それに私は悪漢どもを軍法会議で断罪する方法も見出すだろう」と述べた。その後あまたの動きがあったが、十二月二十六日、政府部内で討議された特別法の計画内容が披露されるとナポレオンは次のように述べた。
「特別法廷の告訴などは遅過ぎるしそれにややこしい。われわれはあの恐ろしい犯罪に対して、人々を瞠目(どうもく)させるような報復をしなくてはならない。まさに電光石火の勢いで実施すべきで、流血もやむを得まい。犠牲者の数を上まわるほどの犯人が射殺されねばならない。それは一五人か二〇人にのぼるだろう。わが共和国から彼ら犯罪者を一掃する好機としてこれをとらえるべきだ。今回の暗殺事件は革命のすべての犯罪に関与した『九月』の連中という悪漢の所業なのだ。もし不逞(ふてい)徒輩(やから)もその本部が攻撃され、首魁(しゆかい)の運命もきわまった(あかつき)には、全員がそれぞれの本務に復帰することになろう。労働者は再び仕事につくだろう。フランスであの党派に(くみ)したものの今や後悔せざるを得なくなった一〇万人は、ついにこの党派から離脱するであろう。中産階級を共和国につなぎとめるのには、こうした壮大な実例が必要だ。だが中産階級が、獲物にとびかかる瞬間を待つばかりになっている狂えるオオカミたちによっておびやかされていると思っている限り、これは不可能だ。悪漢が肩で風を切って歩き、すべての革命的危機が残存している国では、民衆は威信はあっても奥ゆかしく節度ある人々がつくっている政府になんらの信頼も寄せることはないだろう。民衆は常に悪漢をおそるおそる遠慮がちに取り扱う。それというのも、悪漢連中がいつ民衆に危害を加えるかわからないからだ。

 形而上(けいじじよう)学者(ナポレオンは原理主義者や熱狂的な連中をこう呼んだ)はわれわれ全員の悩みの種になっている徒輩だ。人は何もしないか、あるいはアウグストゥス(前六三─後一四。ローマ帝国初代皇帝)のように気前がよすぎるか、あるいは社会秩序を保障するような雄大な措置をとらねばならない。

 カティリーナの反乱のあと、キケロは反徒を処刑し、自分が共和制ローマを救ったと明言した。私はおのれに課せられた使命、ならびにおのれの職務を、もし私がこの機会に厳正に遂行しなかった時には、まさに国を裏切ったことになろう。もしパリの全市街地がゆるがされ、あるいはこれらの犯罪者がただ通常の方式で処罰されたとしたら、全ヨーロッパはフランス政府を嘲笑(ちようしよう)するだろう。この問題を政治家の立場から観察しなくてはならない。私は偉大な実例を与える必然性を確信している以上、悪漢どもを私の面前に引き出し、訊問し、判決を下し、判決文に署名する用意がある。私は自分のために語っているのではない。私はすでに多くの別の危険とも闘ってきた。しかし神の摂理が私を常に守ってくれた。私は今でもそれを信じている。ここで問題になっているのは社会の秩序であり、一般的道徳であり、そして国家の名誉である」

 ナポレオンのこの発言によって情勢は一変した。今や問題なのはもはや容疑者を現存の法、あるいはこれからつくる法によって裁くことではなく、国の安寧(あんねい)のために彼らを追放あるいは射殺することであった。しかも問題にされたのは、はっきりと犯罪者と認められた者ではなく、運悪く悪漢とされた革命参加者たちであった。だがこうした苛烈(かれつ)な発言は枢密顧問官には当初冷やかに受けとられただけであった。ナポレオンに反対する勇気のあった最初の人物はトゥリュゲであった。彼は言った。「疑いもなく、政府は悪漢たちを一掃するために非常手段に訴えねばならないでしょう。しかし悪漢にもさまざまな種類があります。移住者は国民の財産の購入者をおどしており、熱狂的な聖職者は民衆を離反させ、イギリス人はしきりに黒幕の人物たちをけしかけました。民心がパンフレットによって毒され、ヴァンデでは再び反乱が起ころうとしています」

 ナポレオンがこれについて問い(ただ)した。
「あなたはどんな種類のパンフレットについて語っているのか」
「公然と流布されているパンフレットのことです」
「何と何だ」
「あなたはそれをご存じのはずでしょう」

 こんなやりとりがあったあと、ナポレオンは長広舌(ちようこうぜつ)をふるった。
「違う違う。私はあなたの言うことなどにだまされない。犯罪者は判明している。民衆もはっきりその名を知っている。それは『九月』の連中だ。あらゆる犯罪に手を染めることができる手工業者たちだ。彼らは常に情けない、我欲の盛んな小役人どもによって保護され、大目に見られてきた。確かに貴族や聖職者が問題にされる。だが私に向かって一万人の聖職者や老人を追放せよと言うのか? フランス人の大多数とヨーロッパ人の三分の一が信仰しているカトリックを迫害せよというのか? ジョルジュ・カルダル(ナポレオンに敵対した王党派の一人。イギリスからブルターニュに潜入、その頃はおとなしくなったヴァンデの住民に再び反乱を起こさせようとした。一八〇四年捕らえられ射殺された)は最近、反乱を起こそうとした時、なんと共和国政府に忠実であった聖職者たちを襲った。ヴァンデが今ほど平穏な時に恵まれたことはない。確かに部分的な反乱はあるが、それは一部の個人的不満を一気に抑制することができないからである。おそらく私は枢密院の全員を解雇せざるを得ないであろう。なぜなら二、三の例外を除いて枢密院は王党派の巣と考えられるからだ。……われわれは彼らに子ども扱いされているのではないか? 祖国は危殆(きたい)(ひん)していると宣言せねばならないのか? フランスは革命以来かつてないほどすばらしい状態になっているのではないか? 財政は改善され軍は強力になり、国内は平静になったではないか? ずっと自由の友とはとうてい見られなかった人々が、自由の実現のために今や活発な関心を寄せていることを私は喜んでいる。市民トゥリュゲよ、あなたは『私は枢密院のなかの愛国者たちを弁護した』と述べることによって、自分自身を救い出せると信じているのか! ところがこれらの愛国者なるものはわれわれ全員同様、あなたをも犠牲に供してしまうのだ」

 この十五分以上も続いた熱気あふれる長広舌のあと、ナポレオンは突然散会を宣した。彼がトゥリュゲの傍をとおり、その際トゥリュゲが何かひと言言おうとした時、彼はそれを中断させて言った。「市民トゥリュゲ、どうぞ出かけて行ってくれ。あなたがコンドルセ夫人やメラ=ガラに対しては個人的に何事でも開陳できるだろう。だがフランスのもっとも啓蒙(けいもう)された人々たちを相手にすればそうはいかないぞ」

1800/12
パリ
警務相フーシェとの対話 (ブリエンヌ執筆)


   国内の治安について、警務相のフーシェと語る。



 ある朝、第一統領ナポレオンは「カエサル、クロンウェル、それにナポレオンの比較」と題するパンフレットを入手した。この小冊子のなかでは明白に世襲君主制が礼讚(らいさん)されていた。ナポレオンはこれをパラパラとめくり、秘書のブリエンヌにたずねた。
「これを読んだか?」
「はい、将軍」
「どう思うか?」
「私はこのパンフレットが大きな偏見を世論のなかにまき散らすものと思います。しかもこれは反時代的です。なぜなら、小冊子があまりにも早々とあなたの将来計画について述べているからです」
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