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海軍の男たち
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ルポ・エッセイ
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第六話 海軍兵学校での生活・二

『海軍の男たち』
[著]手塚正己 [発行]PHP研究所


読了目安時間:22分
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姿勢を正して眠る芸当


 約三週間の準備教育が終わり、軍事学と普通学を含む一般教育がはじまると、新入生徒のほとんどが悩んだのは座学の時間だった。ビッシリ詰まった慣れない日課生活で、疲労が蓄積している。教室の椅子に座って少しすると、睡魔が襲ってくる。

 ことに昼食後の授業のときがひどい。それもカレーライスだったりすると、満腹で満ち足りた脳が眠りを要求する。そんな生徒に理解のある文官の教授は多少、大目にみてくれた。

 また「眠い者は立て」と言ってくれる武官の教官もいたが、そんな人ばかりではない。コックリ、コックリやりはじめると、机の前に置かれた三角形のネームブロック──自分の名前が書かれている──で、頭をコツンとやられる生徒もいた。

 軍学校生徒の居眠りといえば、作家であり名随筆家だった内田百(うちだひやつけん)が、陸軍士官学校で独語の教官をしていたときのことを書いている。そのなかで授業中の生徒を、
『姿勢を正して教官の方に向き、目を見開いたまま居睡(いねむ)りをしてゐると云う様な、外の學校(がつこう)の生徒に真似の出来ない藝当(げいとう)もやった。』

 と描写している。

 六十五期の柳田益男が、鬼内薫(きうちかおる)という生徒がいかに居眠りの名人であったかを披露した回想文があるので、少し長いが引用する。
『彼(註・鬼内)は自習室でも講堂でも実によく眠った。この眠り方たるや極めて巧妙で、余程気を付けて見ないと、目が開いているのか閉じているのか判らない。本を机の上に開いて置き、上体を真直ぐに起こし、頭を少し前に傾けている姿は、後や横から見たのでは、眠っているとは全く気付かない。従って、自習室では後から監視している上級生にも気付かれず、見逃されていた。
(中略)……私自身、講堂で面白くない講義を聞くときなど、時々居眠りをした経験はあるが、途中で首がガクンと落ちて、びっくりして眼がさめる有様で、まことにだらしがなかった。大抵の者が上体が揺れたり、頭が大きく傾いたりするものだが、彼にはそれがないのだ。姿勢正しく、全く体を動かさず、いびきもかかず、目をつぶって本を読んでいるのである。けだし、居眠りの名人というべきであろう。』

 こう書かれた鬼内薫には、もうひとつ得意があった。
『上級生から鉄拳を受ける際、ぐらりともしないことであった。鉄拳を受け止める要領を会得していたのかもしれないが、不動の居眠りとも関連し、首筋やあごの骨が余程カッチリできていたのではあるまいか。ある上級生が、鬼内を殴ると自分の手の方が痛くてかなわなかったと、後で述懐しているのを聞いた。殴られ方でも名人だったのだ。』

 鬼内薫はその後、潜水艦乗りになる。昭和十八年十月二十二日、「伊一八二潜水艦」に乗った鬼内水雷長は、ニューへブライズ諸島沖で戦死した。


 谷川清澄も授業中によく居眠りをしたそうだ。軍事学のときは講義に集中したが、普通学を受けるときは工夫をした。彼は中央真ん中の席を選び、しかも身体の大きな生徒の後ろに座った。こうすれば教授と正対した形になり、大男の背中に隠れて見えない。

 眠りが深くなったら姿勢は崩れるし、下手をしたら額を机にゴツンとやってしまわないのだろうか。谷川に訊ねてみると、「いいえ、背筋を伸ばした恰好で、ちゃんと眠れますよ」と言われた。本当にそうなら、前出の鬼内名人と同じである。でも姿勢を正して眠るなどといった芸当ができるとは、にわかには信じがたい。

 昨年の暮に、谷川から山本五十六聯合艦隊司令長官を主人公にした戦争映画に誘われた。谷川が戦艦「陸奥」で航海士をしているとき、戦艦「長門(ながと)」から山本五十六長官が、旗艦変更で時々「陸奥」に乗艦することがあった。山本長官を間近に見た数少ない目撃者が、映画鑑賞後にどのような感想をもらすのか、興味があったのでお供をした。

 十分もしてからだろうか、何気なく隣に座る谷川の様子をうかがうと、顔をスクリーンに向けたまま目をつむっていた。
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