読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

12/21に全サービスをRenta!に統合します

(2021/12/6 追記)

犬耳書店は2021年12月21日に、姉妹店「Renta!(レンタ)」へ、全サービスを統合いたします。
詳しくはこちらでご確認ください。

0
-2
kiji
0
0
1253215
0
指導者の帝王学
2
0
0
0
0
0
0
ビジネス
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第四部 人間知

『指導者の帝王学』
[著]山本七平 [発行]PHP研究所


読了目安時間:46分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


〈第十章〉論語 秩序づくりの規範


『論語』(ろんご)


 中国・春秋時代末期の学者・思想家、孔子の言行をまとめたもの。四書の一つ。学而篇から始まり尭曰篇まで二十編あり、五百近くの短文から成っている。孔子は全国を行脚したが、政治活動はおおむね不遇で、晩年は故郷の魯に帰って記録の整理と弟子の教育に専念した。論語の面白さは、その登場人物の多様さにある。君主、大臣から隠者、無名の村人までさまざまで、しかも皆個性的である。その個性ある人物たちがさまざまな問題をめぐって問答し、議論をくりひろげている。


なぜ今『論語』なのか

『論語』は徳川時代には庶民の間にも広く読まれており、いわば人生の教科書であった。明治の文明開化の時代においても、西洋の近代思想とともに、日本人の思想に大きな影響を与えつづけていた。しかし、時代が進み戦後においては、『論語』はほとんど省みられなくなり、現代の日本人にとって、遠い存在となってしまった。そこで、「なぜ今『論語』なのか」というところから始めてみたい。

 孔子が生まれた時代(前七七一〜前四〇三年)は、中国の春秋時代、すなわち古い社会が崩壊し、まだ新しい秩序が確立されていない時代、いわば混乱の時代であった。孔子はこのような時代のなかで、いかにして秩序を確立するかという点に腐心した。彼はあくまでも秩序の思想家であり、決して社会に革命や混乱をもたらそうとした人物ではない。混乱や革命を起こすことは、混乱から秩序を確立することよりも、はるかに簡単なことである。

 現代は多様化、個性化の時代であるといわれる。われわれの社会が進歩していくには、常に独創的な人物の登場が要請される。独創的な人物がおらず、皆が一律一体であれば、その社会に進歩はない。しかし、逆に個性化、多様化の傾向が強い個人主義的な時代というのは、きわめて混乱を招来しやすい時代でもある。

 孔子が生きた時代にも同じことがいえる。その時代の人をみると、個性的な人が多く、考え方も多様化している。孔子の弟子にしても例外ではない。弟子の一人ひとりをみると、同じタイプの人間は一人もいない。孔子はこういう弟子たちをまとめて学習集団を作り、諸国を遍歴して、自分の教えを説いた。決して何らかの権力をもって、弟子たちを引っ張っていったのではなく、皆、彼を慕ってついてきたのである。実は、これが一つの社会のなかに秩序をつくりだす基本である。孔子は単に秩序づくりの教えを説いただけではなく、身をもって、秩序づくりを実行していったわけである。

秩序の基本は「信」


 では、さまざまな価値観と能力をもち、性格もさまざまである人間を、何に基づいて統一し、一つの秩序をつくりだすのか。これは単に政治の問題だけでなく、社会のあらゆる組織や企業においても、きわめて重要な問題である。

 企業にはさまざまな部署があり、そこにはそれぞれの主張があり任務がある。しかし、それがばらばらであっては、まとまった力を発揮することはできない。

 孔子は、そうしたバラバラ状態を統一して、一つの組織体として秩序を確立する基本を「信」においた。いわゆる「信無くば立たず」の考え方である。孔子のこの考え方は徹底している。

 もしも、国が何かを捨てなければならないとしたら、何を捨てるのか。孔子はまず軍備を捨ててしまうと言っている。それでも立ち行かなくなったら、次は食料を捨ててしまう。さらにそれでも立ち行かなくなったら、どうするのか……。しかし、最後まで絶対に捨ててはならないものがある、それは民の「信」であると説く。
「信」を失うようなことをすると、一切の秩序が崩壊してしまう。これは単に組織の原則がどうできているか、合理的なのか不合理なのかという以前の問題であり、一つの組織内の相互の信頼と、その組織を率いる責任者への信頼の二つが、共通の規範によって、ともに認め合うかたちにならなければ、相互の信頼感は生まれてこない。

 現代の日本は、世界で最も秩序が確立している社会といわれる。これは、政治権力や警察によって、秩序が確立しているのではなく、まだ「信」が失われていないからである。組織内相互の「信」も、組織へのリーダーの「信」も、それぞれ失っていない。これが失われたときに、一切は崩壊をしてしまうわけである。
「信無くば立たず」は、ある意味において『論語』の基本的な考え方である。したがって、いかにして「信」を涵養するか、と同時に、いかにして「信」を確立するかということが、『論語』に一貫したテーマと考えてもよい。

机上の空論を戒める


 孔子が「学ぶ」と言う場合、単に知識を頭に詰め込む受験勉強のような勉学を意味しているのではない。あるとき、弟子から「徳ないしは信、社会の信を得る規範、こういうものを生まれたときからもっている人がいたら、その人は学ぶ必要があるのだろうか。その人は学んだといえるのだろうか」と質問を受けた。孔子は、「未だ学ばずと曰うと(いえど)も、吾は必ずこれを学びたりと謂わん」と答えている。宮崎市定氏は、これが孔子の学問、あるいは「学ぶ」ということの、最も基本を示している言葉だと言っている。
生知(せいち)」という言葉がある。生まれながらにして知る、の意である。その次は「学知(がくち)」、学んで知る。その次が「困知(こんち)」、困難に遭って初めて知る。どうしても知ろうとしない人間は、「下愚(かぐ)」という。

 つまり孔子のいう「学ぶ」という言葉は、もっとゆったりした気持ちで受け取ってよいわけである。それが、「学びて時に之れを習う、亦た(よろこば)しからず乎。朋有り遠方より来たる、亦た楽しからず乎」(「学而篇」第一の一)である。学んだことをときどき復習する。孔子が言う復習というのは「実習」の意味が強いので、「知る」ことは、単に知識を頭に詰め込むことだけではなかった。

 学んだことがそのままその人の言動のすべてに出てきてはじめて「学んだ」といえるのであり、自分が本当に学んだのかどうか、ときどき実習してみないといけない。実習してできたら、これがいちばん楽しいことだ。また、友達が遠方から来て、こういうことをともに語り合う、これがまたたいへんに楽しいことだという。

 つまり、孔子にとって「学ぶ」ということは苦しみではなく、楽しいことであったのである。『論語』を通読すると、なるほど、そのとおりだったなと思われる箇所が随所にみられる。

人は「君子」をめざす


 最後に、「人知らずして(いか)らず、亦た君子ならず乎」という言葉が出てくる。「人知らずして」というのは、自分が人に認められていないということである。どんなに学び、それをいかに実習しても、だれもそれを認めてくれない。しかし、少しも怒らず、不満と思わない。

 というのは、人は認められたり評価されるために学んでいるのではなく、喜ばしいから学んでいるのである。したがって、学んでいることを知られようと知られまいと一向に関係ない。関係がないから、怒ることも不満もない。

 次に続く「亦た君子ならず乎」の「君子」という言葉は、われわれもよく「あの人は聖人君子だ」というように使う。後になると、「君子」はしばしば「立派な官僚」の意味に使われるが、孔子の時代にはまだ、そういった意味はなかった。

 孔子のような考え方をすると、人間は「君子」をめざさなくてはならないから、学ぶことを喜び、それを実習することを喜び、遠方から訪ねてきた友と語ることを喜び、それが人に認められようと認められなかろうと全然気にしないことが、徳のある人への第一歩となる。そして、これが相互信頼のいちばんの基本である「信」になる。

「徳」は学ぶ一つの目標

「為政篇」第二の十七に、
「子曰わく、由、(なんじ)に之れを知ることを(おし)えん乎。之れを知るを知ると為し、知らざるを知らずと為す。是れ知る也」

 というのがある。

 孔子が基本にした概念は「徳」である。ところが、この「徳」というのが非常に定義がしにくい。われわれは、「あの人は人徳があるから人望がある。人望があるから、人がついてきてうまくいく」などと、ごく当たり前のように使っているが、では改まって「徳とは何か?」と尋ねられると、「徳は徳だ」というくらいで、明確な答えに窮してしまうのではないだろうか。

 しかし、この「徳」というのが、孔子においては「学ぶ」ことの一つの目標であり、同時に「信」の基本的な要件であったといえる。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:19433文字/本文:22892文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次