読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1253287
0
帝国の終焉
2
0
0
0
0
0
0
政治・社会
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第五章 オバマはアメリカをイギリスにする

『帝国の終焉』
[著]日高義樹 [発行]PHP研究所


読了目安時間:45分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

第一部 アメリカはイギリスのあとをたどっている


 アメリカはオバマ大統領のもとで、急速に社会福祉費の支出を増やしている。第二次大戦後のイギリスと同じことをやっている。イギリスは第二次大戦に勝ったものの、国民は大きな痛手を負った。国民の犠牲に報いるためにイギリス政府は戦後、福祉社会への方向を取り始めた。その結果、イギリス国民の多くが、アングロサクソンの戦闘的で前向きな気性を失い、政府に全てを頼る、気力のない人間になってしまった。アメリカはいまイギリスの歩んだ道を、六十年あまりを経て歩み始めている。

 二〇一一年十一月に行われたブルームバーグの世論調査によると、アメリカ人の実に六〇パーセントが国防費の削減に賛成している。福祉費の削減に反対している人もほぼ同じで、アメリカ人の意見が大きく分かれていることを示しているが、アメリカ国民の動向からすると、これから国防費削減を求める動きが強くなっていくと思われる。アメリカは福祉国家への歩みを速めている。
「アメリカの軍事力が強いからドルが基軸通貨である、という考えは間違っている。また、アメリカが強い軍事力によって世界経済を推し進めた、という考えも間違っている」

 アメリカで最も権威のある経済調査機関である議会予算局のホルツイーキン前局長が私にこう言ったが、アメリカの人々は経済の繁栄と軍事力について、日本人と全く逆の考え方をしている。この時、私は「アメリカの国防費が削られて軍事力が縮小すれば、基軸通貨としてのドルの力に(かげ)りが出るのではないか」と尋ねたのである。日本では当然の疑問である。だがホルツイーキン前局長は、その全く逆、つまり「アメリカが経済的に繁栄し、国際通貨を保有しているために、強力な軍事力が必要である」と答えたのである。この時ホルツイーキン前局長が「ヒダカは一体、何を言っているのか」と、怪訝な顔をしたのを覚えている。

 アメリカの権威ある経済専門家がこう考えているのであるから、アメリカ財界の人々の多くがホルツイーキン氏と同じように考えていると思われる。「アメリカが豊かで、基軸通貨を持っているから強い軍事力を持たなければならない」と考えている。全米商工会議所のトム・ドナヒュー会長もよく私にこう言う。
「我々は民主主義というアメリカの理想を押し広げるために、世界戦略と強力な軍事力を維持している。軍事力で世界に君臨し、資産を収奪しようなどとは考えてもいない」

 ホルツイーキン前局長や、ドナヒュー会長の考え方からすれば、アメリカが財政赤字に苦しみ、ドルが安くなり続けている状況のもとで、国防費の削減を考慮するのは当然ということになる。
「本来、国防費は身の丈に合った額を持つべきである。国が負担に耐えられないような国防費を持つべきではない」

 ハドソン研究所の学者たちはよくこう言うが、アメリカの人々は、これまでのように膨大な国防費を背負い続けるつもりはない。アメリカの国防費とアメリカ経済、そしてアメリカの人々の暮らしぶりについて、いかなる相互関係があるか、いまここで詳しくは述べないが、冷戦時代を通じてアメリカ経済は、費やされる国防費に相応して成長し続けてきた。軍事産業とそれに関連する石油業界の拡大によって、アメリカ経済はGDPを伸ばしてきた。

 オバマ大統領が伝統的な軍事産業に力を入れ、石油業界を支援していれば、いまのような不況はなかったという声もある。だがホルツイーキン前局長やドナヒュー会長のように、冷戦が終わった現在、アメリカの国防費は減らして当然であるという声が強くなっている。
「国防予算を削減しても構わない」というアメリカ国民の考え方は、二〇一一年、アメリカ中を揺り動かした財政赤字問題をめぐる論議によく表れている。予算削減を話し合うためにアメリカ議会に設置された、民主・共和両党の合同特別委員会、いわゆるスーパー・コミッティは話し合いが難航し、二〇一一年十一月二十三日、決着がつかないまま期限切れになって終わった。両党の首脳はしのぎを削って討論を続けたが、結局、基本的な対立点が浮き彫りになっただけで、赤字解消への道を見出すことはできなかった。

 アメリカの労働組合や低所得者層の支持を背景にしているアメリカ民主党は、福祉費やエンタイトルメントと呼ばれる社会保障費を減らすことにあくまで反対し、富裕層への増税を望んでいる。一方、比較的に豊かな人々に支持されている共和党は、増税に真っ向から反対し、社会福祉費や社会保障費を減らすことを要求している。国防費の削減にも乗り気ではない。

 スーパー・コミッティで見られたこの対立はまさに、アメリカ社会の対立そのもので、冷戦後のアメリカの現実である。「アメリカ国民はすでに税金を払い過ぎている」と主張するティーパーティーの人々は、福祉費や社会保障費を増やし続ければ、アメリカ社会が破綻してしまうと警告し、民主党側は冷戦が終わって平和になった現在、国防費を減らすべきであると要求している。

 アメリカにとって二〇一一年は、財政赤字と赤字削減をめぐる大騒ぎの年であったと言えるが、いまのところ、この騒ぎの結末がどうなるかは全く明らかではない。だがこれまでと比べて明確になったのは、「国防費は最も大切だ」と考えるアメリカ人が大きく減ったことである。これはアメリカ社会が安定に向かっていることと関係があるかもしれない。

 私が諮問委員をしているハーバード大学のタウブマンセンターは、地方行政や税金の問題を中心に研究を続けている。年に一回、諮問委員が集まって年次総会が行われるが、今年の年次総会で発表された研究のなかで私が最も注目したのは、景気が悪いために予算が削られ警察官が減っているにもかかわらず、犯罪が減っていることだった。
「アメリカの地方都市ではこのところ、殺人や窃盗、暴力行為といった犯罪が急速に減っている。ただ警察官とイザコザを起こす黒人の数は増えている。また、離婚の数が急速に減り、私生児の数も減った」

 若いリサーチャーがこう報告したが、予算削減のなかで、アメリカの社会は安定へと向かっている。黒人と警察官の(いさか)いが増えている原因については言及がなかったが、黒人大統領が出現したことで、黒人の若者の意気が上がって警察官と衝突する事件が増えているのだと思われる。こうした状況については、さらに詳しい調査やデータが必要であるのは当然だが、テロ活動が依然として恐れられているなかで、アメリカの社会が安定化に向かっていることは注目すべきである。

 もう一つ、この日の研究発表の中で私が注目したのは、戦場から帰ってくる兵隊たちの再就職問題や身の処し方について、アメリカの人々の関心が高くないことである。アメリカは現在、徴兵制をとっていない。アメリカ軍は志願兵によって構成され、予備役の兵力も重視されている。この仕組みは、市民型軍隊とも言えるものである。常時保有されている軍事力は限られており、有事の際に予備役のなかから戦闘員が集められる仕組みになっている。

 予備役の人々は、年に一回、軍事訓練を受けるが、普段は仕事をしている。したがって戦闘が終わって戦場から兵士たちが帰ってくると、就職の話が注目を浴びることになる。予備役の兵隊たちは多くの場合、使用者側がそのまま仕事の席を空けておいてくれるため、あまり問題は起きていないが、ハーバード大学の調査にあるデータによると、イラク戦争やアフガニスタン戦争からアメリカに引き揚げてきた兵士たちの就職について、国民の反応が冷たいという。湾岸戦争の時には、こうした雰囲気はなかった。人々は町のあちこちに黄色いリボンを飾り、帰ってきた兵士を歓迎した。今回、同じように中東で戦ってきた兵士に対して反応が冷たいのは、国を守ることが何よりも大切であるというアメリカ人の考え方が弱くなっていることを示している。

 アメリカという国は第二次大戦以来、いつもどこかで戦いを続けてきた。大きな戦いは朝鮮戦争とベトナムであったが、アフリカや中東、中央アジア、東欧などにアメリカ軍を派遣し、いつも戦ってきた。八年にわたって戦ってきたイラクの戦闘を切り上げ、十年以上に及ぶアフガニスタンの戦争もやめることになれば、アメリカは久しぶりに戦争のない状況になる。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:18850文字/本文:22242文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次