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技術戦としての第二次世界大戦
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ルポ・エッセイ
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文庫版のまえがき

『技術戦としての第二次世界大戦』
[著]兵頭二十八 [著] 別宮暖朗 [発行]PHP研究所


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 米国のフランクリン・デラノ・ローズヴェルト大統領は、国民が頼りにできた政治エリートだった。彼は東部の大学で政治家になるための法学は修めたものの、雑誌の『ポピュラー・サイエンス』を超えた理工系の造詣(ぞうけい)はもっていなかったはずだ。「プルトニウム」という元素名すら、戦前の公刊教科書には載っていなかった。にもかかわらずローズヴェルトは、アインシュタイン以下の亡命物理学者たちから高度に専門的な要望や説明をうけるや、決然、人類にとって未知であった「原爆」を、しかも極秘裡に開発するプロジェクトに、天文学的な予算を回した。それは、真珠湾が攻撃された日に先立っていた。

 すでに米国の「指導的5%」層は、ドイツによるフランス占領を「全ユーラシアのナチ化」の端緒と認識して、二大政党を横断した挙国一致体制を整え、ドイツを無害化するための諸権限を大統領一人に委任しつつあった。が、全米の残り95%の有権者には、ヨーロッパ大陸に先大戦以上の数百万人もの兵隊を送り込んで、ドイツと地上戦をしなければならぬのだという地政学の要請を理解してくれそうな兆しは、皆無だった。

 ドイツを陸戦抜きで打倒する手段を米国政府が得られるかもしれない「マンハッタン計画」のコストは、当時の大日本帝国の国家予算一年分よりも大きくなった。失敗すれば、さすがのローズヴェルトの政治家としての寿命も、断たれたことであろう。
「原爆」を人類にもたらしたのが、技術の専門家でなく、F・D・ローズヴェルトという法科系の政治家としての器量であったこと。これこそ、過去の技術戦争に関する日本人の反省でなくばなるまい。彼らの法哲学の素養は、日本の役人的政治家のような付け焼刃ではない。また彼らの地政学は、米国にとっての最大の脅威は全ユーラシアのナチ化であること、その悪夢を阻止するには、ソ連の地上軍を後援するより他にないことを、「指導的5%」層に、ほとんど疑わせなかった。

 片や日本の外務省、海軍、陸軍、政党の幹部は、米国が当面ドイツのユーラシア制覇を絶対に許さない覚悟を()うから固めていることにも、想像力が及ばなかったのである。

 日本の陸海軍の統帥部が戦争術上の見本とすべき「先進国」は、短期奇襲戦争主義をパリ不戦条約以降も堅持するドイツであり続けた。これは明治維新の自殺である。「五箇条の御誓文」とドイツ人式の条約観は、少しも相容れないのだ。

 米国から最先端の航空兵器機素材を次第に買えなくなった日本海軍は、しぜん、ドイツにその輸入先を振り替えた。ドイツも、日本海軍を英国に対する牽制カードに使おうと考え、接待攻勢をかける。

 帝国海軍には「日本海海戦」の後光がさしていて、自国民からの「次は黒船へ一矢を」との期待は、ゆるぎなかった。日本海軍もまた二年を超える長期戦など考えたこともないことを、帝国陸軍はよく知っていた。けれども、陸軍航空の強化に失敗して対ソ奇襲の目途が立たないために、ひとまず海軍の対米奇襲に、陸軍はつきあうことにした。

 問題は、ドイツの短期戦用の軍事力で、果たしてアメリカの後援を受けたソ連陸軍に二年以内に勝てるか──に収斂(しゆうれん)した。

 ヒトラーは、短期戦主義者であったために、開発に二年以上かかりそうな原爆開発プロジェクトの話を聞いても、〈無駄だ〉と判断したであろう。

 だがドイツに原爆がなくとも、もし日本が「北進」すれば、ドイツはソ連に勝つかもしれなかった。それを妨げたのは日本の「統帥二元」制度である。つまり明治体制がその「自殺」を遂げることによって、明治維新の理念に反したドイツの世界支配は防がれた。

 あれから六十年以上が過ぎた今日なお、日本の「指導的5%」は、核兵器に関してほとんど無知なままであり、核兵器が加わった戦後の地政学についても、同様に無知だ。

 スターリンは、アラモゴルドで原爆の初弾実験が成功する前から、その秘密の意味と意義とを察知して、情報と素材の収集を開始させ、アメリカにわずか四年遅れて原爆開発を成功させる。やはり彼にも理工系の専門知識があったわけではない。致命的技術への想像力を含めた、大国の政治指導者としての器量が、「軍刀」すら廃止のできなかった日本の役人政治家たちとは、比較を絶していたのであった。

 出陣学徒の遺文を集めた『きけわだつみのこえ』の中で、法文系であるがゆえに理工系よりも先に徴兵される一大学生が、〈法文系の人材が滅びれば未来の日本はますます混乱するだろうに……〉と予言している。ちなみに当時の大学生は、今の大学院生に相当した。彼のような若者がもっと生き延びていたら、「日本のF・D・ローズヴェルト」が現れたかもしれない。

平成十九年 九月
兵頭二十八
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