物理学者の寺田寅彦は、また名随筆家としても知られている。岩波文庫に『寺田寅彦随筆集』(小宮豊隆編、全五巻)があるが、その第五巻に「腹の立つ元旦」と題する短いエッセーが収められている。
温厚篤実で、日ごろは親切な老人が、元旦というときまってきげんが悪くなり、苦い顔をして家族一同を暗い気持ちにさせるというのだ。その理由は分かっている。きれいに片付いているべき床の間が取り散らされていたり、玄関の障子が破れていたりするのを見ると、平生なら別になんでもないのだが、元旦だと思うと、ひどく気になり、不愉快になり、やがて腹立たしく思われてくるのである。