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精神科医とは何者であるか
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ルポ・エッセイ
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第六章 精神科医は“世間知らず”である

『精神科医とは何者であるか』
[著]頼藤和寛 [発行]PHP研究所


読了目安時間:29分
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 サンプリング・バイアス――偏った人間観


 真面目な精神科医は仕事に熱心である。家族を別にすると、患者とつきあっている時間がいちばん長い。研究室や学会でのつきあいとなると、相手は同業者である。あとはテレビやパソコンの画面を見たり本を読んだりぐらいであろう。

 こんな生活を多くの精神科医が当たり前のように思っているかもしれないが、むちゃくちゃ世間が狭いわけである。神経質な相手か高学歴(これも大半が学力の高い神経質者である)の相手としか交流がない。無神経な連中は患者にならないし、高学歴でない人々は交際範囲にない。このため、彼らの人間観はずいぶん偏ったものになる。

 思春期にはアイデンティティ確立のため悩むのが当然で、家族システムによって精神衛生が左右されるのが当たり前だ、などと思い込んでいる。冗談ではない。世間には、思春期の悩みは金欠病だけで、家庭が崩壊していてもどこ吹く風といった人種がわんさと棲息している。精神科医のお得意やお友達にならないだけである。

 診察室にめげたサラリーマンがやってくる、というだけで現代企業の矛盾の代表みたいに受け取ってしまう。考えてもみよ、めげたサラリーマンだけで現代企業がやっていけるか。サラリーマンを代表する標本とは、不景気やリストラぐらいではめげないようなサラリーマンである。まして「職場の人間関係で悩む」などといった軟弱な手合いではない。むしろ職場の人間関係を悩ましている張本人だが業績がよいので一目置かれているような人材こそが企業の求める健常者なのだ。
「人を見たら泥棒と思え」が警察官のモットーだとすれば、「人を見たらノイローゼと思え」というのが精神科医のモットーなのかもしれない。これはおかしい。そう言えば従来から、医者の卵には「女を見たら妊娠と思え」という忠告がなされた(昔はこのことを念頭に置かないと女性の身体不調をよく誤診した)。しかし、人間の大半は泥棒ではないし、ノイローゼでもない。最近、女性の大半が妊娠していないのと同じである。職業性というのは、人間観を偏らせる。

 精神科医が、人間関係や実存的藤ばかりを重視するのは、そうしたソフトな負担によってもめげてしまう顧客だけを相手にしているからである。これをサンプリング・バイアスと言う。標本の偏りという意味だ。

 文弱な精神科医や臨床心理士にすれば、嫁が舅にいやらしい目つきで見られるのは「大変なストレス」かもしれないが、軍事関係者からすれば敵の狙撃兵があちこちに潜む密林へ斥候(せつこう)に出るのが「大変なストレス」なのである。どだいレベルが違う。わたしなら躊躇(ちゆうちよ)なく、斥候に出るより舅にねめまわされるほうを選ぶがねえ。


 お人好しでセンチメンタル


 こうした消息によって、精神科医は人間をずいぶんデリケートで脆い生き物だと前提してかかるようになる。好き勝手している粗雑な非行少年や成人犯罪者を、「内心では罪悪感に(さいな)まれて無意識に自己破壊を求めているのだ」などと解きしたつもりになる。

 概して、日頃の顧客層と正反対の資質をもった人間に関する精神科医の観点は、ほとんど見当はずれである。つまり、不安の低い逸脱者や、柔軟でしたたかな健常者に関しては、精神科医のコメントなど参考にするべきではない。

 一例として、反社会的な性格について考えてみよう。精神医学で反社会性人格障害というと悪人の典型みたいに受け取られるが、その診断基準を適用すると犯罪者の八割が該当するので囚人の鑑別類型としては役に立たない(概して精神科の患者さんは善人いなので、反社会性の基準が甘くなるのである)。

 これに対し精神病質専門家であるR・ヘアのチェックリストを適用すれば、囚人の三割程度に収まるから、本当に悪質な犯罪者と単に運の悪い犯罪者を鑑別するのに有用である。

 また、人間は権威者から命じられた場合に他人をどれほど傷つけられるかを電撃の電圧で推定させたところ、精神科医は学生や一般成人に比べてもっとも低い電圧値を回答している(人間にはそれほどひどいことはできない、といった甘い人間観をもっていたわけである。実験の結果からすると学生や一般人ですらずいぶん甘かった。S・ミルグラム)。つまり、精神科医の人間観は、ちょっとしたことでもめげて精神変調をきたすような顧客を基準にしているため、かなりセンチメンタルなのだ。

 こんなにお人好しの精神科医が人間性に関する専門家だとはちゃんちゃらおかしい。もっとも、医者一般が高学歴高資格で卒後の生計を立てやすいところから、箱入り娘みたいに初心(うぶ)なところがある(これに比べると弁護士でさえずっとしたたかである)。医者などというと、セールスや勧誘を生業にする海千山千に狙われやすいカモの代表職種なのではなかろうか。


 大衆にとって都合のいい情報


 医者もお人好しだが、患者やその関係者にもお人好しな面があって、医療サイドから提供される情報のうちマスメディアが流したがるインフォメーションを額面通りに受け取っていることが多い。

 こうした医学・医療情報には、二つの関門がある。ひとつは医療サイドから提供されるのだから、自分たちにとって不利な内容のものはほとんどないこと。どこそこの病院が脱税したとか医療ミスを隠したとかの情報は、不満分子による匿名の内部告発から当局やマスコミが内偵を始めて露見したものだから、これは例外としなければならない。
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