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愛をこめて生きる
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ルポ・エッセイ
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ささやかな幸せ

『愛をこめて生きる』
[著]渡辺和子 [発行]PHP研究所


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 土曜日の夕方、「ああ、幸せ」と思うことがある。次の日は日曜日、特にしなければならないことがあるでなし、読みたいと思っていた本を読み、散らかった部屋の掃除、整頓、洗濯した後は、アイロンをかけ、靴も磨こう。こんな思いで一とき充ち足りることがある。もちろん、このような幸せ感は日曜日の夕方には、はかなく消えて、翌日への“戦闘準備”に変わってしまうのだけれども、とにかく一ときにせよ、こんなささやかなことで充ち足りた気持ちが抱けることをありがたいと思う。

 他の人もそうなのだろうか。私は、例えばハミガキのチューブを使い切って捨てる時、「さあ、新しいのがおろせる」と思って、とてもうれしいことがある。石けんにしてもそうだ。だからといって、一つのものを早く使い切ろうという気持ちはなく、着実に使ったものを使い切った時の満足感とでもいったものなのである。

 昔、勉強していた時も、試験が近づくと、更に試験期間中ともなると、髪も身なりも構わず、部屋は散らかし放題、すべてを試験に集中し、終わった時に、ふだんの数倍の満足度を味わいながら髪をセットしたり、部屋を片付けていた覚えがある。母も、「また始まった」という顔で見て見ぬふりをしていてくれた。

 最近、激写とか激安とかいろいろ使われているが、私は、「激しく生きる」ことが好きだ。中途半端でなく、ぬるま湯のようでなく、自分が空っぽになってもいい。その後の充電の時が幸せなのである。「今」という瞬間を意識して生きたいと思う。「今の心」と書くと「念」という字になると気づいた時、「念ずれば花開く」ということばの意味がわかるように思ったものである。「今」をたいせつにして生きないと、花は開かない。「今」をいい加減に生きると、次の瞬間もいい加減なものとなり、いい加減な一生しか送れないことになってしまうのかも知れない。それは決して、毎瞬を緊張して生き続けるということではなくて、リラックスする時には思いっ切りリラックスするということであり、「今」に、けじめをつけて生きることだと言ってもいいのかも知れない。

 ささやかな幸せというものは、また、何か小さなことでいい、自分に課したものをやりとげた時にも味わうことができるものである。

 一昨年は、十月半ばに引いた風邪が長引き、翌年の四月まで持ち越してしまった。そんなある日、タクシーの運転手さんに、「風呂からあがる時、足に冷水をかけてごらんなさい」とアドバイスを受けたものである。半信半疑、それでも、半年間風邪に悩まされた辛さから免れたい一心で始めたのが、今も続いている。そして冷水摩擦、これも朝五時に起きて何とか今日まで一日も欠かさず続け、そのせいかどうか、今年は、引いた風邪もあまり悪化せずに終わった。「意地っぱり」の証拠でもあろうが、これら自分に課した“(ぎよう)”が終わった時、「今日もできた、ありがたい」と思えるようになったのは、やはりそれだけ歳をとったということかも知れない。

 人間の一生の間に、大きな幸せと呼べるものは数える程しかないものだ。結婚式当日の二人の幸せは輝くばかりのものだろうが、その後に続く日々は決してその連続ではなく、平々凡々たるものだろう。その中で幸せになるということは、小さくてもいい、「ああ、幸せ」と思える機会をふやすことにかかっている。
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