私が名家たちの死生観・死に方、それに彼らの人生劇の終幕にさいして遺したことばに関心を持ったのは、今からかれこれ三十年近く前に

る。その時点からさらに十年ほど前、私は学生時代からの趣味を生かして、「世界名言事典」の編纂をもくろみ、内外の引用句辞典をはじめ、歴史・哲学・文学・政治・経済・社会に関する文献・資料や、もろもろの文庫本を渉猟して名家らの名言を収集・整理していた。そのついでと言うと語弊があるが、彼らの遺した最後のことば・書置き・遺言などを大学ノートに書き留めておいた。
それから数年の歳月を経て、『世界名言事典』を明治書院から発刊し、その改訂・増補を重ねていた一九六〇年代初めころと記憶しているが、ふとしたことからエドワード=コントEdward Conte編『最後のことば辞典』Dictionary of Last Words(一九五五年刊)という珍しい本を手に入れた。その序文を読んだところ、西洋にはかかる類書が昔から多く出版されていることを知った。当時、辞典ばやりだった日本でも、このような辞典はないと感心もした。その中身も、名家たちの死に方や生き方がしのばれ、たいへん興味をそそられた。
ちょうどそのころ、筑摩書房からクロード=アヴリーヌClaude Aveline編、河盛好蔵訳の『人間最後の言葉』Les Morts de la Fine(一九六三年)が出版されていたので、私は買い求めた。その内容を読むと、解説やコメントがあり、エピソードも挿入され、読みものとして面白かった。この二つの本に触発されて、「終焉のことば」を編することを思い立った。といって、浅学の私には「終焉のことば辞典」を編纂する自信もなく、また、そんな大それたことをするつもりはなかったが、わが国にはこのような本がなかったこともあって、その編纂にとりかかることにした。その編集構成にあたっては、名家たちを五十音順に並べて、彼らの「最後のことば」――臨終のことば・書置き・遺言・手記など――を単に羅列するのではなく、彼らの死に方・死にざま・死生観のほか、生前の言行・功績・エピソードを織りまぜて、逸話形式の読みものにした。死という厳粛かつ暗い場面を明るく伝える、という意図からでもあった。
こうして、明治書院から出版されたのが『臨終のことば』(一九七三)である。
爾後、長く絶版となっていたのだが、本年の三月、PHP研究所の竹下康子嬢から右書をPHP文庫に収録したい旨の申し入れがあった。私はあまりにも昔のことで、この本が、すでに“往生”し、忘却していたこともあり、若干戸惑ったが、ご好意に甘えて“蘇生”させることにした。早速、既刊の『臨終のことば』を読み返し、現代的視点から全面的に手直しし、さらに十数名の名家の「最後のことば」を追加して加筆するとともに、編成方式を次のように改めた。
人の死に方は千差万別だが、本書では「他殺による死」「自殺による死」「老衰・病気による自然死」の三つのカテゴリーに分けた。だが、自然死の場合でも環境条件によって異なり、他殺死あるいは自然死に等しいものがあるし、自然死でも他殺死に該当するものもある。このほか、事故死はどのカテゴリーにはいるか戸惑ったが、便宜上、他殺死に入れることにした。また、安楽死・尊厳死となると、どのカテゴリーにもはいらないが、そのようなケースは本書にはなかった。次に、収録した名家たちの「最後のことば」を、それぞれのカテゴリー別に死亡した年代順に配列した。その事由は、歴史的な動乱期あるいは歴史的事件における名家たちの「最後のことば」を比較・対照するに便ならしめるためと考えたからである。
かくして、装いを新たにして『臨終のことば』をここに復刊したのである。かかる機会を与えられたことを謝し、定本として世に送った次第である。
なお、本書を編するにあたっては、前記した『最後のことば辞典』やその類書をはじめ、数多くの文献や、新聞・雑誌のコメント記事を利用させていただいた。あまりに数多く、長い引用を除いては、いちいち列挙できないが、参考あるいは引用させていただいたことをお断わりするとともに、深謝したい。また、編纂にさいして、竹下嬢にはいろいろと示唆・協力を賜ったことに対して、お礼申し上げる。
一九九五年七月
梶山 健