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「戦国策」の人間学
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歴史
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第一章 晋三分割「春秋終焉」の巻

『「戦国策」の人間学』
[著]真藤建志郎 [発行]PHP研究所


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●趙襄子と智伯、晋陽で攻防三年


晋の六卿(りっけい)“下剋上”に(はし)


 中原の大国〈晋〉が三分裂して、時代は“春秋”から“戦国”へと変わる。

 分裂の原因は、下剋上である。

 晋は、周王室の開祖()王の流れを汲む名門諸侯で、周の分家に当たる。

 二十二代目の(ぶん)公(在位・前六三六〜六二八)のとき、中原の覇者になって以来、二十八代目の悼公(在位・前五七二〜五五八)のころまでは、諸侯に号令する力を保っていた。

 だが、晋の王室はその間、徐々に衰えていった。いわゆる“獅子身中の虫”に侵食されていったのである。

 (ちょう)(かん)()()(はん)中行(ちゅうこう)の六卿が、その身中の虫であった。六卿は、晋王室の家老職に当たる。ことあるごとに、王室の領土を蚕食しながら、一方では互いに激しい勢力争いを展開していた。

 まず范と中行の両氏が脱落した。智氏をリーダーとする四氏連合軍に討たれたのである。智氏の当主智伯(ちはく)は、いわゆるやり手だった。知謀にすぐれ、軍事的にも才があった。

 智伯は、趙・韓・魏の三氏とかたらって、范・中行氏の旧領を分割して、それぞれの領有とした。王室の権威をまったく無視した強権発動である。

 晋三十三代目の(しゅつ)公(在位・前四七四〜四五七)は、それを知って怒った。六卿の所領といっても、もとは晋王室が委託したもの。それを主家にことわりもなく、勝手に処分してしまったのだから、当然である。

 出公は、(さい)()の援助を求め、この不埓な四氏を征伐しようとした。が、四氏は事前にその動きを知り、逆に出公を攻めた。

 出公は斉へ亡命しようとして、途中で死んだ。そこで智伯は、出公の曽祖父の三十代昭公(在位・前五三一〜五二六)の曽孫に当たる(きょう)を立て、晋の君主とした。これが(あい)公(在位・前四五六〜四三九)である。

 智伯は、哀公を即位させて国政を手中にすると、さっそく他の三氏の勢力削減を図った。彼は晋王室の再興を名目にして、三氏にその領地の提供を要請したのである。
「晋はすでに、覇者たる権威を失い、いまでは(えつ)王が盟主となっている。わが王室を復興して、越と覇を競うには、兵備が足りない。そこでわれわれ四氏が、それぞれ方百里の地を王室に返上し、その地租を軍資に当てたいと思う」

 最初にこう要求されたのは、韓氏である。韓の当主韓康子(かんこうし)は、この見えすいた申し入れに激怒した。だが重臣が諫めた。
「拒絶すれば攻めてきます。智氏の実力にはかないません。この要求をのんで、他の二氏の出方を見るのが良策です。どちらかが拒絶すると(いくさ)となりますが、それから改めて考えましょう」

 韓康子はこの意見に従い、一県を智伯に提供した。すると、すぐ魏氏にも要求がきた。魏の当主魏桓子(ぎかんし)も、韓康子と同じく憤然として、拒絶しようとしたが、家臣たちの意見をいれ、一県を割譲した。

 智伯が最後に要求したのが、趙氏である。趙の当主趙襄子(ちょうじょうし)は、それだけ手強い相手だった。案の定、趙襄子は智伯の要求を一蹴し、ただちに晋陽(しんよう)()って籠城の準備を始めた。

晋陽城の水攻め


 智伯は動員令を発し、韓・魏にも出兵を命令した。

 晋陽の守りは堅い。三氏連合軍は攻めるたびに、兵力を消耗させた。包囲したまま一年が過ぎたとき、智伯は奇策をめぐらした。
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