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(2021/11/26 追記)

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人づきあいの心理学
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生き方・教養
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第四章 人づきあいと行動

『人づきあいの心理学』
[著]安本美典 [発行]PHP研究所


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誠意はことばを超える

二宮金次郎はどうやってクワを借りたか


 江戸時代の農村改良家二宮尊徳が金次郎といっていた若い頃の話である。

 金次郎が隣の家にクワを借りにいった。ところが、隣の家では、「これから畑を耕すので」といって貸すのを断わった。

 このような場合、どうすればよいであろうか。あなたならば、どうするであろうか。

 金次郎は、次のようにした。
「どこの畑を耕されますか。私が耕しましょう」

 そういって、隣の家の畑を耕したのである。すると隣の家では、金次郎にクワを貸してくれたばかりでなく、「これからはいつでも貸してあげるから」といってくれた。

 これなどは、行動をともなうことによって、人づきあいに成功した例である。

 相手に対して何も与えずに、ただ、こちら側の言い分ばかりを押しつけるのでは、人づきあいはうまく行かない。なにか相談にのってあげることでも、ちょっとした情報を知らせてあげることでも、なんでもいいから、相手に与えるという行動をともなっていれば、誠意は伝わりやすい。

 人は、だれしも、なにかを与えられれば、そのお返しをしたいと思うものである。

「行動」によって人を動かす


 人は、しばしば、言葉よりも行動によって動かされる。

 いますこし例をあげてみよう。

 ある会社の入社試験の際、係員が会場の設営をやっていた。試験の始まる二十分ほど前に、一人の青年が入ってきた。彼は挨拶をすると、すぐ、係員と一緒になって机や椅子を並べ始めた。実は、彼はその試験を受けにきた学生の一人であった。この会場設営の手伝いをしたということで、試験官にいい印象を与え、合格することができた。これは、机や椅子を並べるという「行動」によって、人づきあいに成功した例ということができる。

 先日のことである。ある英語教材を売るセールスマンが、私のもとを訪れてきた。服装もきちんと整っていて、話し方も、顔の表情なども、たいへん感じのいい青年であった。そのセールスマンは、英語教材を机の上において説明をはじめた。

 そして、私が、「ここはどうなっているんですか」と、質問をすると、その青年は、すぐ椅子から立ちあがって、私のそばに来て――つまり私と同じ方向を向いて――説明をした。その説明の仕方も、よく教育されているようで、私も内心「うまいなあ」と思った。

 椅子に座る場合、むきあって座ると、何となく相手と議論でもするような感じになる。ところが、相手と並んで座ると、その人と同じ立場にいるという感じになる。会議の席などでも、自分とむきあって座っている人とは、わりに議論しやすいが、自分の隣に並んでいる人とは議論がしにくい。

 恋人と話す時でも、喫茶店などでむきあって座るより、並んで座った方が、お互いに何となく心が通じ合うような気がする。あるいは、同じ立場に立っているという感じになりやすい。

 この英語教材のセールスマンの場合、立ちあがって、私と同じ方向をむくという「行動」によって、心にベルトをかけることに成功している。

ことばを超えた真情


 数年前、『数理科学』という雑誌の編集長でもある、詩人の村松武司さんの、詩集の出版記念会に出席したときのことである。

 村松さんは、朝鮮で生まれ育った方で、朝鮮はいわば“心のふるさと”である。私も満州生まれなのでよくわかるのだが、このように他国で生まれ育った場合、私たちは一種の故郷喪失者となる。村松さんの新しい詩集『祖国を持つもの持たぬもの』も、そうした故郷喪失者の心をうたったものである。

 この出版記念会は、一〇〇人ほどの人が出席し、盛会であった。芥川賞作家の李恢成氏などもみえていた。出席者のうち、朝鮮関係の方が半分ほど、村松さんの詩の仲間が四分の一ほどで、残りは私たち学者仲間であった。宴もたけなわになり、詩集について、あるいは村松さんについて、何人かの方がスピーチをした。

 そして、『ある韓国人の心』(朝日新聞社刊)という本を書かれたことで知られている鄭敬謨(チヨンキヨンモ)さんがスピーチをされた。在日朝鮮人の中には、政治的な理由で、故郷に帰ることができない人たちがいることは、ご存知の通りである。鄭さんは、このスピーチのあとで、朝鮮語で望郷の歌を歌われた。大変張りのある、哀調を帯びた美声であった。私たちは、歌が終わると、大きな拍手をした。そしてその拍手はいつの間にか、アンコールを求めるものに変わっていた。一度席に戻った鄭さんも、手を引っ張られて、もう一度立ち上がった。

 そこで鄭さんは、「今度は日本語で望郷の歌を歌います」といわれて、島崎藤村作詞の「椰子の実」を歌い出した。朗々たる声が、ふたたび部屋を満たした。そして「(たき)り落つ異郷の涙」というところまで来たとき、鄭さんの声が突然にじんだ。万感の思いがあふれてきたのであろう。
「思いやる八重の潮々、いづれの日にか国に帰らん」と歌いながら、鄭さんは涙をはらはらとこぼされた。

 鄭さんが歌い終わったとき、みなはさきほどよりもっと大きな拍手をしたが、拍手がやむと、一瞬シーンとしてしまった。みな故郷について何かを感じたようだった。この「椰子の実」という歌は、私たちも小さい時から耳にしているいわば愛唱歌である。有名な歌手が歌うのも何回か聞いている。しかし、これまでに聞いた、声が美しく、テクニックのうまい歌手が歌ったどのような「椰子の実」も人の心に訴える力において、この時の鄭さんの「椰子の実」には、およばなかったと思う。それは、ことばを超えた、切々とした真情を伝えるものがあったからである。

 私たちは、しばしば、ことば以上のものによって動かされるのである。


信念に裏打ちされた行動

売掛金を取りたてる


 私の勤めている大学には夜の授業がある。この夜の授業には、昼間は会社に勤めていて、夜、勉強しに来るという学生が多い。その中にO君という学生がいる。O君は、学生自治会の役員などもやっている、明るくさわやかな感じの青年である。そのO君が、こういう話をしていた。
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