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三日坊主の心理学
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生き方・教養
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第1章 三日坊主とはこういう人です

『三日坊主の心理学』
[著]大原健士郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:41分
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何をしても長続きしない。そんなあなたに


こんなタイプが三日坊主で苦労する

自分のことをフツーだと思っているあなたへ

「三日坊主」とは、根気が長続きしないで、一つの目的をなかなかモノにできない人間を指すことばである。しかし、考えてみると、根気がなかなか続かない人間は世間にはザラにいるものだし、自分自身の()い立ちなり、性格なりを考えてみても、「自分はどうも三日坊主の傾向を持っているのではあるまいか」と反省するのが正常人の心理である。

 人間の性格はいろんな要素の複合体であって、自分は内気で慎重すぎると思っていても、思いがけなく大胆(だいたん)なことをいったり、軽率(けいそつ)な行動に出たりして、われながら驚くこともある。

 また、その反対に、友人からごうまんで、豪傑肌(ごうけつはだ)の男だと思われている人でも、心の底は意外にウブで、上役や異性の前に出ると、思っていることの半分もいえなかったり、さ(さい)なことを気にして夜も眠れなかったりする。

 このように、その人の性格とか人柄は、多くの傾向(因子)がいっしょになったものであり、時によって、また機会に応じて、ふだんとはまったく異なった表現をとることもあるが、一般にその人の日常の生活内容から、外向的な人だとか、軽率な人だとか、怒りっぽい人だとか、三日坊主だとかいったレッテルがはられるのである。

 つまり、「三日坊主」といわれている人でも、根っからの三日坊主はむしろ少なく、時には勤勉であったり、物事に熱中したりして責任も立派に果たすが、「まあ(がい)して三日坊主といってもよかろう」という(たぐい)の者が多いのである。
「三日坊主」というのは、主として勉強・仕事・趣味などが長続きせず、中途半端になって、健全な生活を送るのに多少とも障害をきたす性格傾向である、といえる。つまり、勉強や仕事はどうも長続きしないが、麻雀(マージヤン)やパチンコには()って、連日連夜浮身をやつしている人は、三日坊主とよばれても仕方がないし、また競輪や競馬などの賭け事は飽きずに通いつめる人でも、仕事や勉強が長続きしなければ、当然「三日坊主」といえるのである。

人生は楽しむもの ―― 憎めない三日坊主


 三日坊主にはいろんな種類があり、程度があるが、社会の文化的基準によって、いくらかその定義が異なってもくる。

 わたくしがアメリカに留学中、家族連れでニューヨークに遊びに行った時の話である。わが一家は知人の貧乏画家を頼って、ブロンクスの薄汚(うすぎた)ないアパートに泊った。彼の部屋には何の飾りつけもなく、テレビさえ見当らなかった。この画家は、日本に妻子を残して単身で留学し、貧乏に耐えながら一心に絵を描いていた。その上、彼は神経痛を(わず)らい、やせ(おとろ)えた蒼白(あおじろ)い顔をキャンバスに向け、(ふる)える手で絵筆を握っていた。

 長年のニューヨーク住いにもかかわらず、彼は美術館以外は、およそニューヨークのどこをも知らなかった。この男は、中央の画壇におどり出ることを夢み、ひたすら仕事に(はげ)んでいたのである。

 彼にはミッチイというアメリカ人の友人がいた。ミッチイも同じくブロンクスの安アパートに住んでいたが、身なりはダンディで、まったく如才(じよさい)がなく、フォルクスワーゲンを乗り廻していた。彼は、われわれがニューヨークに滞在した三泊四日をフルに使って、繁華街(はんかがい)を案内してくれたり、夕陽に()えるマンハッタンを見せてくれたり、劇場に連れて行ってくれたり……と大変な歓迎ぶりだった。

 はじめて会ったわれわれに、これほどまで親切にしてくれるとは、よっぽど気のよい金持ちのお坊っちゃんかと疑っていたが、驚いたことに、ミッチイはまったくの風来坊のような生活を送っていたのである。聞くところによると、彼は一週間仕事をして金を(かせ)ぐと、次の一週間を遊び暮し、金がなくなるとまた職を探すといった生活を繰り返していた。彼にとって、生活をエンジョイすることが人生の目的だった。

 彼は頭がよく、人生観や哲学、果ては精神医学にいたるまで議論を戦わせることが好きだったが結論はつねに「人生は楽しむものである」ということに落着いた。確かに彼の境遇は、職を失ってもすぐまた職を得ることができるという利点もあったし、彼自身にしてもなかなか能力のある男だった。彼はわたくしのささやかな経験を通してみても、代表的なアメリカ人とはとてもいえなかったが、彼の(まわ)りにはこの種の人間がたくさんいて、決して珍しくはなかったのである。

 外観からだけでみると、彼の生活態度は三日坊主そのものだった。しかし、彼の住む地域社会では、ごく当り前の生活様式に過ぎなかったのである。彼は友人の画家に口を()っぱくしていっていた。
「お前は何のためにニューヨークにきたのだ。もう少し出歩いてニューヨークを知らなければ、ニューヨークの絵は描けないぞ」

 これを聞いていると、勤勉な男が三日坊主に説教されているようで、とても奇妙に思えたものだった。

こういうタイプに苦労したことはないですか?


 ひと口に三日坊主といっても、その内容はさまざまである。わたくしには、少なくとも、〈移り気型〉〈無気力型〉〈無能力型〉の三つのタイプがあるように思える。

 まず〈移り気型〉の例を紹介しよう。

 Tという三十二歳の有能な会社員がいた。彼は小肥(こぶと)りで、血色がよく、エネルギーのかたまりのような男で、学生時代から豆タンクというアダ名がついていた。アダ名の通り、彼は活動的に仕事にはげみ、瞬時も時間を無駄にしなかった。

 昼休みには女の子たちとバレーボールに打ち(きよう)じ、会社が退()けると友人つき合いも忘れず、麻雀やダンス、キャバレー遊びにも人並み以上に活躍した。家庭のサービスもおろそかにせず、愛妻家で、四年前に猛烈な恋愛結婚をした妻との間には三人の息子がいた。

 こう書いてみると、彼はまったく申し分のない亭主であり、まじめそのものの勤め人のように見えるが、彼にも欠点がないわけではなかった。仕事にも、遊びにも、奥様サービスにも、はげむ割りには上司にも友人にも買われていなかった。というのも、彼は調子がよすぎるのである。彼の頭の回転は早かったが、気が多くて、一度に仕事を三つも四つも背負いこみ、次から次へと手を出すものの、結果的にはすべてが中途半端(はんぱ)になってしまうのである。

 一つの仕事に熱中しているかと思うと、いつの間にかそれを途中からやめて、次の仕事にとりかかっている。本人は一心にやっているのだから、むげに(しか)るわけにもゆかない。気軽に、同じ時刻にいくつも約束をし、結局は時間が重なり合って不義理をしてしまう。誰もが彼をまじめで気のよい男であることは認めるが、どうも信頼がおけないのである。

 こういう人物を上司に持ったら、大変である。一つの仕事が終らないのに次から次へと仕事の計画をたて、誰彼かまわずに命令を下し、部下をキリキリ舞いさせてしまう。その上、始末におえないことは、部下が一つの仕事を仕上げても、もうその時には次の仕事に目が移っているのだから、でき上った仕事は大したもののように評価されないのである。

 この〈移り気型〉の三日坊主は、気分がガラリと変化するが、能力は決して落ちておらず、気分がムラなために、能力が十分に発揮できないことが特徴的である。アイデアが、次から次へと()いてきて、結果的にはどれをとってよいかが分からず、全然まとまりがなく、三日坊主になってしまう。
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