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中国古典がよくわかる本
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生き方・教養
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第六章 『菜根譚』(一)

『中国古典がよくわかる本』
[著]守屋洋 [発行]PHP研究所


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忙しさの中に余裕をみつけて生きよ


読みつがれてきた人生の書

菜根譚(さいこんたん)』。初めて耳にされる向きは、変な書名だと思われるかもしれない。「菜根」とは文字どおり「菜っ葉の根っこ」、「譚」は「談」と同じである。だからと言って、この書は、植物や野菜に関する本ではない。
『菜根譚』の書名は、「人ヨク菜根ヲ()ミエバ、(スナワ)チ百事ナスベシ」ということばに由来するものだという。「菜根」とは、粗末な食事である。そういう逆境に耐えてこそ、どんなことでも成し遂げることができるという意味だ。そういう寓意を含めて、貧しくても充実した人生を送るにはどうすればよいか、この問題をさまざまな角度から語っているのが『菜根譚』だと理解してよいだろう。
『菜根譚』は、人生の指南書である。こう言えば、青臭い書生論を連想されるかもしれないが、決してそうではない。むしろ、それとは逆に、人生の円熟した境地、老獪(ろうかい)きわまりない処世の極意を説いているのである。

 この書が書かれたのは、明代の万暦年間(一五七三〜一六二〇)と言われるから、今から四百年前のことにすぎない。中国の古典のなかでは、ずいぶんと新しいほうの部類に属している。やがて日本にも伝えられ、中国でも日本でも幅広い読者を獲得してきた。

 現在でも、筆者の『新釈 菜根譚』(PHP研究所)をはじめとして、数種類の翻訳書が出版されており、経営者や管理職に静かな広がりを見せている。私事で恐縮だが、先日、さる大手企業の部長さんの研修会に招かれて行ったら、なんと出席者の皆さんが机上に一冊ずつ『新釈 菜根譚』を置いているではないか。聞けば、社長さんが『菜根譚』の愛読者で、管理職の皆さんに、ぜひ読めと勧めているのだという。
『菜根譚』は、前集と後集に分かれ、前集二二五、後集一三五、合わせて三六〇の短い文章から成っている(文章の区切り方によって若干の違いがある)。前集は主として、きびしい現実を生きる処世の知恵を説き、後集は心豊かな閑居の楽しみを語ったことばが多い。

 著者は、洪応明(こうおうめい)(あざな)自誠(じせい)、号を還初(かんしよ)道人と称した。明代の万暦年間の人物であるが、詳しい経歴などはよくわかっていない。ほとんど無名の人と言ってよいだろう。

 そういう人物の書いた本が、なぜ幅広い読者に支持されてきたのだろうか。
『菜根譚』の特徴を一言で言えば、儒仏道、すなわち、儒教と仏教と道教を融合し、その上に立って、人生いかに生くべきかを語っている点にある。

 中国には、昔から、思想、道徳のうえで、儒教と道教という二つの大きな流れがあった。この二つは、互いに対立し、互いに補完しあいながら、中国人の意識を支配してきた。

 儒教というのは、学問を修め、身を立てて国を治めることを説いたエリートの思想であり、「表」の道徳であった。だが、「表」の道徳だけでは、世の中は生きにくい。そこで必要になるのが、それを補完する「裏」の道徳である。その役割を担ってきたのが道教だった。儒教が競争場裡に功名を求める思想だとすれば、道教はみずからの人生にのんびり自足する思想だと言ってもよい。

 だが、儒教にしても道教にしても、中国の古典は、いわゆる「応対辞令」の学であって、個人の心の問題にまではあまり立ち入らない。それを補ったのが、インドから伝わった仏教であり、とくに、それをもとに中国で独自の展開を見せた禅である。
『菜根譚』は、この三つの教えを融合して処世の極意を説いているところに特徴があり、それがまた、この書の大きな魅力になっている。

 前置きはこれくらいにして、さっそく、原文と訳を交えながら『菜根譚』の説く処世法の一端を紹介してみよう。

人生は短し、されば……


 人生は短い。古来人々はそれを嘆いてきた。平均寿命の延びた現代でも、四十歳を過ぎ、五十歳ともなれば、徐々にその感が深くなる。

 中国の詩文には、人生の短さを嘆いたものが多い。たとえば、
「人生ハ白駒(ハクク)(ゲキ)ヲ過グルガ如シ」(『宋史』)
「人生ハ朝露(アサツユ)ノ如シ」(『漢書』)

 前者は、戸の隙間から白馬の走り過ぎるのを見るように、ほんの一瞬のことにすぎないという意味である。後者については説明の必要はあるまい。興味深いのは、二つとも、「だから、せいぜい人生を楽しみなさい」という意味のことばが続いていることだ。

 中国人は、現実的・現世的な民族だと言われる。たしかに、それぞれの境遇に応じて、人生の楽しみを求めることに熱心であるように思われる。だが、『菜根譚』のアドバイスは、いささかニュアンスを異にする。
「天地は永遠であるが、人生は二度ともどらない。人間の寿命はせいぜい百年、あっというまに過ぎ去ってしまう。
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