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「為政三部書」講義
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一 きびしく自分を律すること

『「為政三部書」講義』
[著]守屋洋 [発行]PHP研究所


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 古人がこう語っている。
「官途についたからには、大臣大将にまでなりたいと願うのが人情の常である」

 しかしこれは、栄誉こそが恥辱のもとであることを知らない者のことばである。結局は、常に自己修養につとめる者が栄誉を保ち、自己修養を怠る者が恥辱をこうむるのだ。

 では、自己修養につとめる者とは、どういう人物か。清廉な態度を持し、忠誠の念があつく、正道をもって事を処理し、謙虚な態度で部下に対する人物をいう。こんな人物であれば、おのずから名声を博し、世論の支持も、神仏の加護も獲得できるであろう。こうなれば、栄誉を辞退したいと願っても、できるものではない。

 では、自己修養を怠る者とは、どんな人間か。職務を忘れて私利私欲の追求に走り、あくまでも貪欲で過去の失敗に学ばず、国のために働こうとする気持のない人間をいう。これでは、いたずらに悪名をとどろかせ、世論の非難を受け、神仏からも見放されるであろう。こうなっては恥辱を免れたいと願っても、不可能である。

 宰相ともなれば、どんな善行でも行なうことができるし、どんな功績でも立てることができるはずだ。ところが、小さな利益にとらわれて、やたらつまらぬことに手を出すのは、惜しむべきことではないか。

 昔から宰相となった者で、衣食にこと欠いて死んだ者はいない。ところが、蓄財に走り、酒色におぼれ、逸楽のあまり身を滅ぼした者はいつの時代にもいた。

 むかし、諸孔明は二十年間も宰相の位にあったが、その間、いささかの財産もたくわえず、貧乏を気に病むこともなく、ひたすら国事に奔走して死去した。その栄誉は、今に至るまで高く評価されている。

 ところが唐代の元載(げんさい)という男は、宰相となってから、ひたすら私利私欲の追求に走った。のちに失脚して自害を命じられ財産没収の憂き目にあったが、そのさい、なんと胡椒を八百石もため込んでいたことが発覚した。そのけがらわしさときたら、体中に汚物をかぶって、臭気を後世にまきちらしたようなものである。

 人間は百まで生きられるはずだが、天から与えられる寿命は、八十年、九十年にすぎない。かりに八十年を目安としても、志を得てからの期間はせいぜい三、四十年といったところだ。いったい、三、四十年のあいだに八百石の胡椒を食べきることができるものだろうか。古人も、
「利益につられると頭の働きまでおかしくなる」

 と語っているが、さしずめ元載のこの話など、そのよい証明である。

 宰相たる者は、すべからく諸孔明を手本とし、元載を反面教師とすべきである。そうすれば、長く宰相の地位にあっても、いささかの悔いも残さないはずだ。

◆鞠躬尽力した諸孔明  中国三千年の歴史のなかで、名宰相といえば、まず第一にあげられるのが、蜀の丞相の諸亮、(あざな)は孔明である。先代劉備の遺詔によって国政の実権を握った孔明は、みずから後出師表のなかで、「臣、鞠躬(キクキユウ)尽力シテ後()ム」と語っているように、二代目劉禅を補佐して、ひたすら国事に精励した。それと同時に、身の処し方もきわめて清潔であったらしい。かれ自身、出陣するにあたって、つぎのように上奏している。
「私は、成都に桑八百株と痩せた田畑十五(けい)を持っており、家族の衣食はこれで十分足りております。私自身につきましては、遠征軍の責任者として、ひたすら任務の完遂に思いを致しており、そのうえ、身の回りの品や衣食はすべて国家から支給されております。それゆえ、とくに私財をふやす必要もありません。私が死んだそのときに、余分な財産をたくわえていて、陛下のご信頼にそむくようなことはいたしません」

 死後調べてみると、はたしてそのとおりであったという。

 清廉な態度を持して国事に精励した孔明に、中国人は名宰相として惜しみない賛辞を捧げてきたのである。

前輩()ウ、仕官シテ将相ニ至ルハ人情ノ(ホマレ)トスル所ナリト。コレ栄ナルモノハ(ハジ)ノ基ナルヲ知ラザルナリ。タダ()ク自ラ修ムル者ハ則チ能クソノ栄ヲ保チ、善ク自ラ修メザル者ハ(マサ)シクソノ辱ヲ(マネ)クニ足ル。所謂(イワユル)善ク自ラ修ムル者トハ何ゾ。廉以ッテ身ヲ律シ、忠以ッテ上ニ(ツカ)エ、正以ッテ事ニ処シ、恭慎以ッテ百僚ヲ率イルナリ。カクノ如クンバ、則チ令名(シタガ)イ、輿論帰シ、鬼神福ス。ソノ栄ヲ辞セント欲ストイエドモ()ベカラザルナリ。所謂善ク自ラ修メザル者トハ何ゾ。私ニ(シタガ)イ、公ヲ忘レ、貪ニシテ紀極ナク、覆車ヲ戒メズ、国ニ報ユルコトヲ思ウナシ。カタノ如クンバ、則チ悪名随イ、衆毀(シユウキ)帰シ、鬼神、(ワザワイ)ス。ソノ辱ヲ避ケント欲ストイエドモマタ得ベカラザルナリ。アア、身ハ宰相タリ。何ノ善カ行ナウベカラザラン。何ノ功カ立ツベカラザラン。(カエ)ッテスナワチ区区ノ利ノタメニシ、蠱惑(コワク)シテ妄行(モウコウ)ス。アニ深ク惜ムベカラザランヤ。カツ古ヨリ相位ニ居ル者ニシテイマダ凍餓ニ死セシヲ聞カズ。而レドモ、財ニ酒ニ色ニ逸楽ニ死セシ者ハ、()トシテコレナキハナシ。昔、諸孔明、丞相タルコト二十年。尺寸モ家ニ増スコトナク、イマダカツテソノ貧ヲ憂エズ。ツイニ以ッテ王事ニ(ツカ)レテ(シユツ)ス。今ニ至ルモソノ名ノ栄、常ニ(ヨヨ)万鐘ヲ()ケテ絶エザル者ノ(ゴト)シ。唐ノ元載、相ト為リ、タダ利コレ(タシナ)ム。ソノ敗ルルニ及ンデヤ、ソノ家ヲ籍没スルニ胡椒八百(コク)アリ。ソノ名ノ(ケガレ)ニ至ッテハ、常ニ不潔ヲ(コウム)ッテ臭ヲ無窮ニ()ク者ノ若シ。アア、ソレ人百年ノ身ヲ以ッテ、天ノ()スニ年ヲ以ッテスルコト八十九十ニ過ギズ。(シバラ)ク八十ヲ以ッテ(ソツ)ト為スモ、ソノ志ヲ得ルヲ計ルニ三四十年ニ過ギザルノミ。アニ三四十年ノ間ニ能ク胡椒八百斛ヲ食ウノ理アランヤ。古人()ウ、利ハ人ノ智ヲシテ(クラ)カラシムト。コレ明験ナリ。アア、相タル者能ク諸孔明ヲ以ッテ法トナシ、唐ノ元載ヲ(イマシメ)トナサバ、台鼎(タイテイ)ニ終身ストイエドモ、マタ何ノ悔吝(カイリン)カコレアラン。
前輩謂、仕宦而至将相為人情之所栄。是不知栄也者辱之基也。惟善自修者則能保其栄、不善自修者適足速其辱。所謂善自修者何。廉以律身、忠以事上、正以処事、恭慎以率百僚。如是則令名随焉、輿論帰焉、鬼神福焉。雖欲辞其栄不可得也。所謂不善自修者何。私、忘公、貪無紀極、不戒覆車、靡思報国。如是則悪名随焉、衆毀帰焉、鬼神禍焉。雖欲避其辱亦不可得也。於戯、身為宰相。何善不可行。何功不可立。顧乃為区区之利、蠱惑而妄行。豈不深可惜哉。且自古居相位者未聞死於凍餓。而死於財於酒於色於逸楽者、無代無之。昔諸孔明為丞相二十年。無尺寸之増於家、未嘗憂其貧。竟以労於王事而卒。至今其名之栄、常若世享万鐘而不絶者。唐元載為相、惟利是嗜。及其敗也、籍没其家胡椒八百斛。至其名之穢、常若蒙不潔而播臭無窮者。嗚呼、夫人以百年之身、天仮以年不過八十九十。姑以八十為率、計其得志不過三四十年而已。豈有三四十年之間能食胡椒八百斛之理。古人謂、利令人智昏。茲明験矣。嗚呼、凡為相者能以諸孔明為法、唐之元載為戒、雖台鼎終身、又何悔吝之有。(修身)
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