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中国英傑に学ぶ 男の後半生
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歴史
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王陽明――この心光明なり。また復た何をか言わん

『中国英傑に学ぶ 男の後半生』
[著]守屋洋 [発行]PHP研究所


読了目安時間:9分
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万物に理は存在するのか

 王陽明(おうようめい)は陽明学を唱えた(みん)代の思想家である。

 では、陽明学とはどんな思想なのか。

 いつか知人から、
「陽明学も儒教なのですか」

 と聞かれたことがあった。そうなのである、陽明学はまぎれもなく儒教なのである。

 周知のように、儒教は孔子に始まり、孟子に受け継がれた。だから「孔孟の教え」などともいわれる。しかし、この時代の儒教は、思想としても理論としても体系立てられてはいなかった。

 その儒教を壮大な体系にまとめあげたのが、ずっとあとに起こった朱子学(しゆしがく)である。今私どもが儒教として理解しているのは、おおむねこの朱子学を指している。

 陽明学は、朱子学に対する批判のなかから起こった。だから、朱子学から見れば、陽明学は異端ということになるが、陽明学にいわせれば、われらこそ儒教の正統を継ぐものだと言うかもしれない。

 では、陽明学は朱子学の何を批判したのか。『大学』という儒教の原典に「格物致知(かくぶつちち)」という有名なことばがあるが、両者の分岐点はこのことばの解釈の違いにあった。

 朱子学は万物の根源に「理」が存在していると認め、この「格物致知」を物ごとの「理」を窮めて知識を拡充することと解釈した。「理」はまた人倫の規範でもあり、これはすでに儒教の原典のなかに説かれているとして、何よりも古典の学習を重視した。これが修養の道なのだという。

 陽明学はこの解釈に異を唱えたのである。

 それによれば、「理」は外の事物のなかにあるのではなく、人間の心こそが、「理」なのだとして、心を燃焼して内なる「理」を発現することを主張した。
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