読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/9/29 UP)

犬耳書店は、姉妹店のRenta!(レンタ)へ統合いたします。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1261009
0
田中角栄に聞け
2
0
0
0
0
0
0
政治・社会
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第六章 ロッキード事件の本質

『田中角栄に聞け』
[著]塚本三郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:39分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

日中国交正常化の光と影


 田中角栄は、首相就任から二週間余を経た昭和四十七年(一九七二)七月二十四日、自民党の日中国交正常化協議会の初会合に出席して、日中復交に取り組む決意を表明した。

 そして九月一日に、アメリカ大統領とハワイで会談した。

 先に述べた通貨のドル・ショック後の扱い方のほかに、主たる任務は、この日中国交正常化の実現であった。

 すでに米中では正常化が進められていたから、アメリカも、田中の意図に危惧しつつも、日本が中国との国交正常化を進めることに否定はできなかったと見る。自分が先に正常化したのだから。

 アメリカは、ソ連との根強い対立があった。ソ連の友好国であり、同じ共産主義国同士を離間せしめる、つまりソ連と中国とのあいだにクサビを打ち込む狙いがあったと見るのが常識ではないか。その点、アメリカは日本とはいささか立場が違い、日本があわてて中国と国交を進めることにアメリカは渋っていたと見る。

 田中は首相に指名された七月六日、首相として最初の談話を発表して、「日中国交正常化」と「日本列島改造論の実行」などを国民に約束した。田中内閣が推進する政策の二本柱である。

 田中首相は、アメリカ大統領からひとまず了承を得た。日中国交正常化に突き進むことは、最初の二大公約の一つでもあった。

 ハワイ会談後の九月十八日、自民党副総裁の椎名悦三郎(しいなえつさぶろう)を台湾に表敬訪問させて、中国との国交正常化について、日本側の事情を説明させた。

 そして九月二十九日、中国共産党主席の毛沢東、首相の周恩来との四度の会談を経て交渉をまとめ、共同声明を発表した。
「いまこの瞬間が政治家・田中角栄の最良のときです。このときは二度と来ません」と評したのは、秘書を務めた早坂茂三氏である。

 日中国交回復は、国民等しく待望の政策であると、首相は、国民に歓呼の声で迎えられた。

 田中の行動は出たとこ勝負で、難交渉が予想された。田中は、外相となった大平正芳、および二階堂進を伴って北京に乗り込んだ。四度の交渉でようやくまとまったとき、「喧嘩はもう終わりましたか」と発言した毛沢東主席の言は、印象的に全世界に発信された。

 このとき、ほとんど日本国内において大きく取り上げられなかったが、外相の大平正芳が発した言葉は、重く日本人の心を傷つけた。
「本日、只今から、中華民国の台湾政府と国交を断絶する」

 との声明である。おそらくアメリカ政府も、田中角栄首相に対して決定的な警戒心を抱いたものと察せられる。

 その(わざわい)は、やがて田中角栄の政治生命にとって命取りとなることを、本人はまったく意識していなかったであろう。

 台湾は、日本列島の南に連なる尖閣(せんかく)諸島とともに、東シナ海・台湾海峡および太平洋における日本の防波堤である。そして日本を頼りとするアジア各国では、最も友好的な存在である。

 中華民国政権とともに、アメリカ政府もまさかと思ったにちがいない。アメリカは、中華人民共和国を認めながらも、「台湾条項」を設けて台湾防衛を内外に示している。

 日米同盟の日本が、アメリカが死守すると約束している、日本にとって致命的重要問題の中華民国台湾と外交関係を絶つことは予想外であったろう。

 田中首相の思い付き外交の危うさが露呈した。それは、ひとり日本自身を苦境に(おとしい)れただけではなく、そのことが発端となって、自らを辞任に追い詰めたと気づくのは、あまりにも遅すぎた。

 ハワイ会談におけるロッキード事件の裏取引きを、アメリカ側から表面化されたのも、すでに原因の種がこのとき()かれたと見る。


 昭和四十六(一九七一)年八月三日、大平は日中国交正常化幹事会の席上で、「中華人民共和国と国交正常化が実現したあかつきには、台湾との外交関係はあり得ない」と、思い切った発言を行い、賀屋興宣(かやおきのり)ら親台湾派から激しい反発を買う一幕もあった。…(略)

 八月三一日、田中とニクソンのトップ会談がハワイで行われた。田中は日米安保条約の堅持をアメリカに約束するとともに、日中国交の正常化に向けて近く交渉に入る意向であることを伝えた。

 アメリカ政府内では、田中を止める理由はなかった。米中接近は日中接近を容易にした。

 一方で、このときの共同声明で、日米貿易の不均衡問題に関し、日本政府が不均衡をより是正する措置をとることを約束させられた。…(略)

 残るは台湾との交渉である。日中正常化とはまた、「日台断交」にほかならない。…(略)

 日中交渉のポイントは、台湾の扱いである。

 九月一七日、台湾を訪れた椎名代表を待っていたのは、軍による栄誉礼も礼砲もなく、空港出口を数百人のデモ隊が取り囲むという厳しい出迎えであった。…(略)

 二九日、大平は外相談話で、「日中国交正常化の結果、日華(日台)平和条約は存続の意義を失い、終了したものと認められる」と言明した。
(福永文夫『大平正芳』中公新書、二〇〇八年十二月)

田中角栄とロッキード事件


 政治家の仕事は、国と地方を問わず、際限なくある。公の仕事をするには財源が要る。

 したがって、その事業は必要であっても、大蔵省(財務省)の立場ではおのおの優先順位がある。官僚にあっても、政治家の立場でも、すべて平等とはゆかない。最後に決定権を発揮できるのは、政治家である。政治家が優位に立つことは前に述べた。

 この仕事は俺が予算を取ってきたのだぞ、と怒鳴れば、行政官僚は黙ってしまう。

 国や地方の税という財源の最後の決定権は、政治の力がもつ。庶民の選んだ代表者の権利だから、間違いではない。

 問題が大きくなるのは、その真の目的が、見返りとして自分に戻ってくる謝礼、すなわち政治献金にある場合。政治家は献金を目的とした予算の確保や、業者への斡旋を行うのではなくても、結果として常識を逸した額ともなれば、事件化することは避けられない。

 田中角栄は、素晴らしい能力と馬力をもって、国家のため、地元のため、さらに同僚や慕って集まる弟分たちのために、他の政治家の追随を許さない公費を使っての仕事、すなわち予算の確保や事業の許可や認可を行なった。

 その功績は、けっして消されるものではない。

 にもかかわらず、その見返りを受ける額の大きさが、正しいか悪いかを区別する以前に、政治家が見返りを期待しての活動と見なされ、「政治活動を卑しくした政治家」と田中角栄は見下されている。

 能力がなくて、小さな正義を振りかざす善人と、巨悪と評されながら、強力なリーダーシップを発揮する人間と、どちらが国家、国民にとって、ほんとうに有用なのかは別として。


 夏の軽井沢に、親方目当てのゴマすり連中、田中軍団の若い政治家たちが続々と集まってきた。しかし八年、九年と経って(くし)の歯を()くように数が減っていった。

 当時キングメーカーとか“目白の闇将軍”と呼ばれていた田中の病状や姿を探ろうと、マスコミの記者やカメラマンが、病院の内外にあふれた。
(早坂茂三『男たちの履歴書』クレスト社、一九九四年十一月)


 通産大臣になったとき、田中は言う。

「連中は法匪だ。法律の匪賊さ。法律なら何でも知っている。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:16472文字/本文:19406文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次