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ピラミッド99の謎
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歴史
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まえがき――唯一現存する“世界の七不思議”に挑戦

『ピラミッド99の謎』
[著]酒井傳六 [発行]PHP研究所


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「謎」ということばでただちにスフィンクスを思い浮かべる人があるかもしれません。しかし謎をかけ、答えられない人間を食うというスフィンクスはギリシアのスフィンクスであって、エジプトのスフィンクスではありません。ギリシアのスフィンクスは、エジプトのスフィンクスがシリアを経由してギリシアへ移り、ギリシア的な性格のものとして生まれたのです。二つのスフィンクスは二つの点で大きくちがいます。第一に、いまも述べたように、ギリシアのスフィンクスは謎をかけますが、エジプトのスフィンクスは謎をかけません。エジプトのスフィンクスは王を(そして広く人間を)守護する存在です。次のちがいは、ギリシアのスフィンクスが女性であるのに対し、エジプトのスフィンクスは男性であるということです。

 したがって、「謎」ということばでエジプトのスフィンクスを思うのは筋ちがいです。エジプトのモニュマンの中でもっとも「謎」ということばに密着するものは、まぎれもなくピラミッドです。古代エジプト文明全体が「謎」にみちているのですが、その文明全体のシンボルであるピラミッドは、「謎」ということばにもっともなじむ存在です。

 実際、ピラミッドは、とりわけ大ピラミッドは、その出現の時いらい人びとを惹きつけました。古代人は「世界の七不思議」の筆頭に大ピラミッドをおきました。その七不思議のうち、今日もなおその威容を保っているのは大ピラミッドだけです。

 古来、多くの人がピラミッドに迫り、その隠された秘密を探りだそうとしました。その中には墓盗人も、学者も、宝探しの山師もふくまれます。そしてなんと多くの「発見」があり、なんと多くの「理論」が示され、なんと多くの信仰的「啓示」が語られたことでしょう。このような知的あるいは信仰的活動の主目標となったのは大ピラミッドでした。「これは人間のなしうる仕事ではない」と結論する人まであらわれました。その人たちは地球外人間(いわゆる宇宙人)の業績として大ピラミッドを描くのです。大ピラミッド以外にピラミッドは存在しないかのように、です。偉大な作品を前にしてただちに宇宙人を思うことは地球人を(そしてみずからを)侮辱することになる、と私はあえて申し上げたいと思います。

 私はいわゆる「ピラミッド学者」ではありません。私は一九五五年の夏から一九五七年の夏までをジャーナリストとしてエジプトにくらし、たまたま同地に定住しているフランスのエジプト学者ルイ・クリストフ氏と知り合いになり、彼の指導を受けて古代エジプト史の研究をはじめたアマチュアです。カイロの高いビルの八階にある私の住所からはいつもギザのピラミッドが見えました。

 ピラミッドの根本問題は生と死の問題です。ピラミッドはこの大テーマと格闘する古代エジプト人の悲愴な努力のしるしです。いつの時代の、いかなる人間にとっても、生と死の問題を超える大テーマはありません。ピラミッドの問題は現代のわれわれ自身の問題でもある、と私は申したいのです。

 しかし、ピラミッドがエジプト文明のシンボルであっても、それだけでエジプト文明の深さと不思議さを語ることはできません。五つの大型ピラミッドはわずか百年の間に築かれています。小型のピラミッドを含めると千年にも渡るピラミッド建造を見ることになりますが、古代エジプト三千年の大いなる営みのなかのそれは部分なのです。本書は全体に目が及ぶように構成してあります。
「古代エジプト編年」という問題についてここで言及するのは当然と思われます。古代エジプト史においては、年代確定のための原史料は少なく、単一編年をつくることが不可能です。学者によって、年代はちがってきます。第一王朝の出現を、ある学者は紀元前三二〇〇年とし、他の学者は紀元前二八五〇年とします。そこには三百五十年の差があります。私たちが対象としているピラミッド時代についても事情は同じです。ギザのピラミッド群を築いた第四王朝についてみますと、エジプトのファクリは前二六八〇―前二五六〇、イギリスのグリンセルは前二六九三―前二五六三、ドイツのシャルフは前二六〇〇―前二四八〇、フランスのドリオトンは前二七二三―前二五六三をそれぞれ示しています。

 私としては、本書ではドリオトンの編年を基準とすることにしました。というのは、彼は一九三六年から一九五二年までエジプト政府考古局長であり、フィールドワークと研究をつづけるほか、諸国籍の学者と接触する機会をもっとも多くもった学者であり、彼の編年は「中立的な編年」として信頼できるという考えからです。

 本書の図版の基礎として、私はL'Egypte par G.Perrot et C.Chipiez (1882)を用いました。線画の図版は写真よりも真を示すと考えるからです。


 一九九一年 六月十八日
酒井 傳六 


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