読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-2
kiji
0
0
1262046
0
「江戸・東京」歴史人物散歩
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
第4章 左様将軍が愛した隠れ里へ【神楽坂】

『「江戸・東京」歴史人物散歩』
[著]雲村俊慥 [発行]PHP研究所


読了目安時間:13分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ

●かくして四代家綱(いえつな)が誕生した

 
「おおっ、人が大きく見えるぞ。向こうからも、こちらが大きく見えるのか。恥かしい。いやじゃ、いやじゃ。こんな物、早う捨ててくれ」

 八歳くらいの若君は赤ん坊のように足をばたつかせて、側近に遠眼鏡を押し返した。一日じゅう家の中で(しま)りのない口つきをして膝を抱え込んでいるだけの幼い(あるじ)に、お傍の者たちが高殿(たかどの)から庶民の暮らしぶりを学ばせてあげたい、と考えたのだが、この計画もまた、あっさりと裏切られてしまった。

 若君とは家光(いえみつ)の長男・竹千代(たけちよ)である。場所は神楽坂(かぐらざか)筑土八幡(つくどはちまん)神社の近くにお屋敷があったという。なぜ、こんな所に豪華だが、外見は隠れ家(ふう)の大御殿が造られたのか。じつは竹千代は待望の長男だったのに、生後四カ月頃、いまでいう脳脊髄膜炎(のうせきずいまくえん)(わずら)い、成長の遅れた病弱な一生を運命づけられたからである。

 

 生母のお(らく)(かた)も、また家光の乳母だった春日局(かすがのつぼね)に見込まれて竹千代の乳母に選ばれた矢島局(やじまのつぼね)も、この事実だけは誰の目にもさらしたくなかった。(なぞ)の御殿は、こうした経緯(けいい)で誕生したのである。

 将軍家光は、幕藩体制のさらなる確立に追われて、我が子を(かえり)みる暇もない。公務に夢中のうちはそれでよかった。ところが慶安(けいあん)三年(一六五〇)の暮れ頃から食事が(のど)を通らなくなってきた。尋常ではない。自分でも不安になりだした。

 そこで十歳に成長した竹千代を神楽坂から江戸城西の丸に呼び戻したのだ。我が子・竹千代と対面した家光は、その風貌(ふうぼう)をみて愕然としたにちがいない。急いで異母弟の保科正之(ほしなまさゆき)枕頭(ちんとう)に招き、「あの子の将来を補佐してほしい」と涙ながらに懇願した、といわれている。

 翌年四月に入り、家光の容態(ようだい)はもっと悪化した。二十日、まさかの臨終(りんじゅう)を迎えてしまう。ここで竹千代が四代将軍に決まり、家綱と名乗って、その年の八月、将軍宣下式(せんげしき)に臨んだのだった。補佐役の保科正之は、「左様」と「そうせい」の二つの言葉の使い方だけをしっかりと教えた。結論のでた問題を決裁するのだから、余計なことをいう必要はない。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:5328文字/本文:6326文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次