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移行期的乱世の思考
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経済・金融
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第四話 なぜ「経済成長」にこだわるのか

『移行期的乱世の思考』
[著]平川克美 [発行]PHP研究所


読了目安時間:1時間2分
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  「資本主義システム」とはいったい何なのか

 

 最後に今、世界でいろいろと起きている騒乱や、革命や、経済的な不安定が何を意味しているのか、ということを考えていこうと思います。

 例えば、ヨーロッパの経済危機。ギリシャの財政破綻に端を発していると言われていますが、実はこの国の経済危機自体が資本主義システム発展の一つの結果だと僕は思っています。アメリカも、財政赤字・貿易赤字ともに膨らむ一方です。日本は超円高で、それから未曾有の震災と原発事故があった。そして、現在も記録的なデフレが続いている。景気もまったく上向いてこない。成長率でいうと、もうほとんどゼロパーセント。あるいはマイナスになっている。そして、チュニジアから始まった「アラブの春」、ロンドンの暴動、ウォールストリートのデモ……。こうしたことが、世界同時多発的に起こっている。様々なところで、これまでとは色合いの異なることが起きています。

 この一連の出来事が何を意味しているのか。ひと言で言うと、戦後続いてきた資本主義というシステムが、どうも行き詰まりを見せている、賞味期限が過ぎようとしているのだと思います。

 では、「資本主義システム」とはいったい何なのかという話ですが、わかりやすく会社を例に考えてみます。

 株式会社は資本と経営を分離するところから始まります。資本家がいなければ、会社というのは成り立たない。では、資本家は、会社になぜお金を出すのかというと、会社に金を投資することによって、それが殖えて戻ってくるという「リターン」を見越して出資する。何も慈善事業で出しているわけではありません。リターンが殖えて戻るという発想が生まれるには、右肩上がりの発想がなければ成り立たないようになっているんですね。

 もし、一つの会社が右肩下がりでどんどん縮小していくことになると、投資したお金の価値はどんどん減っていく。投資したお金が時間が経てば殖える、これが、資本主義の基本ですから、右肩上がりでなければ、まず投資という行為が成り立たないわけですね。

 
――株式会社も生まれない?

 

 ええ、資本主義自体が生まれない。そう、今のようなかたちの資本主義が最初に生まれたのは、イギリスのロンドンでした。その頃はいくらでも右肩上がりの条件があった。世界にはまだ多くのフロンティアが残され、そして多くの国が貧しかった。環境問題もほとんど考慮する必要がなかったから、自然からいくらでもエネルギーを収奪することが可能だった。多くの人々はまだまだ貧しい暮らしの中にいた。

 例えば、戦後の日本の復興を考えてみればよくわかります。一九五五年ぐらいから高度経済成長が始まり、東京オリンピックを経て、七二年ぐらいまでの約十七年間、それが続くわけです。日本がまだまだ貧しかった時代の話です。

 
――アメリカでは、ちょうどニクソン大統領の時代ですね。

 

 そうですね。変動レートの引き金になったニクソンショックと、それに続くオイルショックまで日本の経済成長は続きました。そして、オイルショックでガクッと落ちるわけです。落ちたあとは三パーセントぐらいの成長となる。三パーセントで安定するんです。そしてそれがさらに約十八年続く。その後、九二、九三年に、いわゆるグローバリズムが始まるわけです。

 具体的には、日本では牛肉・オレンジの輸入枠の撤廃。世界的な事件としては、ソ連の崩壊が時代の転換点でした。

 九三年ぐらいからつい最近まで、日本の成長率はほとんど一パーセントをキープするに留まっている。そして、二〇〇八年のリーマン・ショック。それ以降は一パーセントも厳しい状態が続いている。にもかかわらず、経団連も各業界団体も、三パーセントぐらいの経済成長戦略といったものを作っています。これは、オイルショックの頃まで遡った、いわばありえない数字です。

 しかし、そうしたありえない数字を掲げるのは、経営側としてはある意味では当たり前なのかもしれません。つまり、資本主義を維持していこうという側から見れば、マイナス成長ではこれまでのような資本主義システムそのものが維持できないのです。

 現実には、企業活動や企業としての組織は、縮小していっています。再び立ち行くために、様々な策を考えてもいる。その代表が富の収奪システムの徹底化です。勝ち組と負け組に分けたり、一方的に安い労働力を提供する場所と、それから、それによって得た余沢、つまり利益を独占する地域とに分けていくという戦略がとられていく。国境を跨いで行われる富の収奪システムは帝国主義の現代版とも言うべきものでしょう。

 そうした様々な利益確保策を経営側は必死に模索している。それでも、もう難しい。さすがにもう実体がない。成長の伸びしろが少なくなってきている。右肩で上がっていく実体がないのです。


 

  世界的な総需要の減退により変化する世界の均衡

 
――成長の実体がないとなれば、世界経済はどうなっていくのでしょう?

 

 先ほど、フロンティアと言いましたが、経済的な伸びしろがあるフロンティアといったものが、ヨーロッパにはもうほとんどないし、アメリカにも日本にも、つまり、西欧先進国と言われる地域にはなくなっているんです。それが総需要の減退の理由です。

 そうなると、アメリカの力が相対的に弱まっていく。ドルの力が弱まり、アメリカの力が弱まる。アメリカの力が弱まるということは、単に先進諸国が混乱するということだけではない。アメリカの力によって作られていた秩序が壊れていくことを意味します。

 つまり、それまで様々なかたちでアメリカが独裁者を支援し、押し立てていたところが、アメリカの力が弱まることで、不安定な状況となる。独裁者が後ろ盾を失うことで、民衆の蜂起といったことも起こりやすい状況が生まれてくる。リーマン・ショック以後急激に通貨量を増やした結果、穀物投機などに余剰資金が流れ込み、貧しい国の穀物価格が高騰して住民の生活が脅かされるという事態に至る。これらの条件が重なって、例えば「アラブの春」のようなことが起きたと、僕は理解しています。

 とにかく、総需要が減退してゆく中で、アメリカ型の消費資本主義がもう立ち行かなくなってきた。当然、財政が逼迫(ひつぱく)し、貿易赤字がかさむ。一九八五、八六年、レーガンやサッチャーの時代に始まったグローバリズムが世界を席巻して、多国籍企業が労働力とフロンティアを地球規模で求め始めた結果、フロンティアが消失してしまった。飢え死にしそうな恐竜が、動き回っているような光景です。皮肉なことに、グローバリズムの結果、フロンティアだった地域が揺さぶりをかけられ、住民が覚醒するようにして民主化運動が澎湃(ほうはい)するといったことが起こったと僕は考えています。


 

  アラブ諸国、家族形態の変化

 

 さて、西欧先進国の文化やマネー、そして価値観といったものが入っていくことにより、チュニジア、リビア、エジプトなどのアラブ諸国では、出生率が下がり始めるという現象が起こります。イスラムの伝統的な家族形態は父権制が色濃い「内婚制共同体家族」と呼ばれるもので、大家族を作っていた。しかし、子どもの数が減ってくると、それが維持できなくなってくる。以前は、約三人以上の出生率を維持していたため、四人、五人と生まれれば、その中に男の子は必ず入っていた。ところが、今は二人しか生まれないとなると、二人とも女であるケースが出てくる。そうなると、いわゆる父権制の大家族という伝統的な家族システムを維持することが難しくなります。つまり、少子化すれば必然的に核家族化していく流れになるというわけです。

 伝統的な家族形態の崩壊は、様々な伝統的な価値観を希薄化し、個人がそれまで縛り付けられていた古い価値観や共同体的な締め付けから自由になる。加えて、インターネット革命が起きたために、さらに個人の自由化が加速された。インターネットは触媒なんですね。フェイスブック、ツイッターが「アラブの春」やロンドンのデモを起こしたわけではなく、素地がもうすでにあり、その動きを触媒が早めたということだと僕は捉えています。

 したがって、世界が「経済成長に拘る」、または「拘らざるを得ない」のは、日本ならば戦後ずっと続けてきた資本主義、イギリスであれば、もう十八世紀ぐらいから続けてきた資本制のシステム、そういったものが進みきって、収奪できる「外部」がなくなってきたのに、このシステム以外には何も新しいアイデアが構想できていないところにその理由があるように思えます。


 

  経済成長せずに均衡していた江戸時代は「定常状態」だった

 

 日本でいえば、長期的に経済成長しなかった時代は江戸時代だけなんですよ。それ以外の時代はすべて成長した。人口動態と経済成長は非常に大きく関係している。江戸時代は中期以降百年以上にわたって、三〇〇〇万人から変わっていない。これにはいろんな理由があって、その一つの理由は、大きな飢饉が何度もあって、自然現象による人口調節があったということです。

 
――三〇〇〇万人、つまり今の四分の一だったわけですね。

 

 そうです。三〇〇〇万人から増えもしなければ、減りもしなかった。それ以外の時代は、鎌倉時代も平安時代も、ずっと人口が増え続けている。鎌倉時代は七〇〇万から八〇〇万人しかいなかった。とても小さな国家だったんです。そこからずっと増えてきた。人口が増えていけば、生産量が上がり、右肩上がりになるのは当然なんです。発展段階においては、一方で生産力が増大し、一方で飢えてる人たちがいるから、消費はどんどん活発になるわけです。

 それが今日、日本の人口は一億三〇〇〇万人まで達した。それが二〇〇五、〇六年をピークにして、急激に落ち始めたわけです。

 
――人口がピークアウトした。何か原因があったのでしょうか?

 

 これはもう文明史的な何かが起こったというふうに考えるべきことです。何が起こったのか。それは事件ではなく、システム全体のパラダイムがこの期を境に変わったと考えるしかない。自然が起こした革命みたいなものです。

 
――経済の視点から眺めると、人口が増えることによって需要のパイが増えていくという今までのパラダイムが、人口減少時代に突入したことで崩壊した。

 

 ええ。例えば、投資をした結果、翌年その工場の生産が増える。その投資の分だけ生産が増える。この増えた生産のすべてを人々が買う。すると、さらに翌年、それによって投資が増加する。そういうかたちで経済が拡大してゆく。つまり、投資が先。投資して生産量が増え、消費が追いついていくという循環が生まれる。その結果、拡大均衡するわけです。

 その拡大均衡の土台が崩れたのです。崩れると、どうなるのか。投資をし、生産量が増えても、消費が追いつかないので在庫余りとなる。すると、当然ながら翌年は投資が減る。あるいは、在庫を安く叩き売るので、デフレになるといった状況が生まれる。こうして、いろいろなところにひずみが出てくるのです。

 しかし、こうした状況の中でも、瞬間的にバブルを作れば拡大できる。ただし、それは均衡している拡大ではないから、どこかが非常に不均衡な拡大である。だから長くは続かない。拡大再生産できない。ですから、バブルというのは必ずはじけてしまうんです。
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