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心の病を癒す生活術
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3 唯物論者の迷妄 ― 厭世主義の悲劇 ―

『心の病を癒す生活術』
[著]カール・ヒルティ [訳]金森誠也 [発行]PHP研究所


読了目安時間:9分
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 そうだ、われわれはすでにいやというほど心の病の治癒を試みてきた。それについて、世間は冷笑した。

 全体、個人を問わず、そもそもそうした試みから何が生まれてきたのか? まさに、その試みから教会の()まわしい権力と人類の精神的従属が生じてきたのだ。この従属はいわゆる最高原理への服従といわれているけれども、実際にはそれこそ何百万もの民衆を迷信によって支配しうるという連中に屈服することであった。こうした屈服から、とりわけその最大の害悪から、人々は「啓蒙」によって解放されることを望んだ。

 しかしおそらく啓蒙運動のなかに、民衆あるいはその時代の神経症治癒にとって最大の障害があるのだろう。すなわち神経症はこうした救済手段を拒否することによって出現してきた。実はその救済手段が長らく乱用、悪用されていたのだ。われわれがこの問題を再びきちんと解明しないかぎり、文明人の状態の有効な改善など考えられない。

 あらゆる宗教を欠いた文化生活、何らかの種類の教会をもたない宗教は、万人の向上 ―― とりわけ若い世代の教育をなし得ない。したがって常に問題になるのは、現存する宗教ならびに教会組織の改善である。そして個人にとって重要なのは、こうした宗教、教会組織のなかで最良のものに関与することである(原注1)。


 人々と宗教、教会との連帯は、明らかに歴史的に周知され、証明されるかぎりにおいてきわめて壮大な世界観であり神信仰である。まずはメソポタミアのアブラハムが個人で、さらに家族単位で信仰し、ついで四百年後のモーセのおかげでそれは特定の民族ならびに国家宗教となり、さらに彼の後継者によって周辺民族の唯物論(ゆいぶつろん)的な生活観による汚染に対抗して身を守るよすが(ヽヽヽ)となった。
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