感情の涙には浄化作用がある
日常生活を、平常心で営むのは大変なことです。その日の気分や身体のコンディションによって、いつもなら何でもないことに腹を立てたりうまくできなかったりといったことが起こります。そんなとき、マシンも故障するということをつい忘れて、「自分がマシンだったらいいのに」などと思ってしまいます。
私たちは日々ストレスにさらされています。生きるということは、自分以外の何かと常に関わりを持っていくことですから、それは仕方のないことです。自分自身にストレスを感じることもあるのですから。けれど、私たちはいちいち小さなストレスに捕われてはいません。こういうものだとやり過ごすこともあれば、当然のこととして無意識のうちに受けとめていることもあります。そうでなければ、私たちの神経はどうにかなってしまうでしょう。私たちは日常のストレスに対して、経験を通して耐性ができているのです。
それは、私たちが空気摩擦を日常的に感じていないのと同じことです。宇宙空間から地球に落ちてくる隕石の多くは、大気圏に突入して空気摩擦によって燃え尽きてしまうのですから。
しかし、それでもときどき冷たい風は吹くし、突風が続くときもあるでしょう。竜巻が発生するかもしれない。それがストレスになるのです。ショックを受けるといってもいいでしょう。とても精神力だけでは支えきれない心の負担。もちろん、小さなストレスが日常的に積み重なって大きな心の負担になっていたということもあるでしょう。