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禅と脳 大脳生理学と宇宙物理学から「さとり」を科学する
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生き方・教養
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序 章 禅を科学する

『禅と脳 大脳生理学と宇宙物理学から「さとり」を科学する』
[著]中山正和 [発行]PHP研究所


読了目安時間:10分
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 坐らない「禅」


 私が禅に興味を持ち出したのは十四、五年前の、「あるとき突然」です。それまでいろいろの企業の技術革新や新製品の開発などを手懸けてきた関係上、技術者の創造性の開発ということをずっと考えていましたが、あるとき、技術上の発明とか発見というのは禅坊主のいう悟りと同じ性質のものではないか? という疑問をもったのです。発明や発見をしたときはものすごく嬉しいのです。考えても考えてもいいアイデアが浮かばなくて意気消沈していた「あるとき」、何かのキッカケがあってとんでもない重大なヒントに「気がつく」、それで一遍に問題が解けてしまいます。そのあと一週間ぐらいはそのことを思い出してはニヤニヤしている、世の中バラ色に見えます。


 禅のことはそれまであまり知らなかったけれど、聞きかじっていたことによると、悟りの瞬間というのはやはり嬉しさが心の奥底から込み上げてくるといいますし、それで一切の悩みが消えてしまうのだと聞きました。悩みが消えるというのは問題が解けるということでしょうから、技術屋としてはその気持ちがよく分かるのです。


 ただ、ちょっと違うのは、技術の問題はまずリクツから考えていきますが、禅ではリクツを捨てなくてはいけないといわれる点です。アタマでなくてカラダで考えるのだといいます。これが分かりません。それはどういうことかと聞きますと、「いわくいい難し、ただただ坐るのみ」という。どのくらい坐ればいいのですかというと、「それはあなたの心がけ次第。一年で分かるかも知れないし十年かかるかも知れない」。これでは当方としては困るのです。坐ったら悟るとはかぎらない。忙しいのですからそんな保証もないことに貴重な時間を費やすわけにはいきません。

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