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凜とした日本
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政治・社会
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III そして日本

『凜とした日本』
[著]古森義久 [発行]PHP研究所


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16 ロンドン七・七テロ──民主主義国すべてへの宣戦布告


 イギリスの首都ロンドンでの同時爆破テロの報は、九・一一テロのあの朝を思い出させた。

 爆破の起きた二〇〇五年七月七日のロンドンの通勤時は、私の住むワシントンDCではまだ未明である。だが日本からの電話ですぐに事件の発生を知らされ、テレビやインターネットで調べると、たしかにロンドンでは、ものすごい事態が起きていた。しばらくしてワシントン中心部にあるオフィスに向かうとき、朝の陽光がさんさんとそそぐのを見て、二〇〇一年九月一一日のあの朝も同じように晴れ上がっていたことを思い出した。

奇妙なほど落ち着いていたワシントン市民

 連続爆破が起きたのは大西洋の彼方とはいえ、国際テロでは一貫して最大の標的となってきたアメリカの首都ワシントンDCでは、すぐに厳戒態勢が敷かれた。とくにロンドンでのテロの目標となった地下鉄やバスへの警備が強化され、近くの地下鉄駅入り口には、いつもはみない武装警官がずらりと立っていた。プラットホームや車内には軽機関銃まで持った完全武装の警備員が配置されたという。ホワイトハウス周辺も当然ながら警備の要員の数が大幅に増え、車両の出入りも頻繁となった。

 四年前の九・一一テロの際は、ワシントン中心街ではすべての市民が避難を指示されていた。私が自分のオフィスに向かう途中も左右のビルからは多数の男女が早足で出てきて、地下鉄の駅などへ向かっていた。ポトマック川を隔てて一キロメートルほど先にあるペンタゴン(国防総省)の巨大な建物には、すでにテロリストに乗っ取られた旅客機の一機が突入して、ものすごい破壊と殺戮(さつりく)をもたらしていたのだった。

 しかし市街から退避していく市民たちの挙動は、奇妙なほど落ち着いて見えた。実際に、走り回って、喚声(かんせい)をあげるというような人は皆無だった。朝の燦然(さんぜん)たる太陽の光のなかを無数の人が静かに移動していく様子は、変な成熟というか、決意というか、抑えつけたマグマのような感情の抑制を感じさせた。事実、そのマグマはすぐに対テロ戦争への強烈な支持という形に発散していったのだ。

 今回のロンドンの七・七テロ事件でも、被害という点では先陣に立たされたワシントンがみせた反応は、そんな九・一一当時の抑えつけたように静かな緊迫だった。ロンドンでの同時多発の爆破のニュースは、もちろんワシントン、いや全米にくまなく広まっていた。だが、ワシントンでの反応は不思議なほどの抑制なのである。

 ロンドンでのテロも当初、アメリカに伝わった報道では、爆破が地下鉄やバスなど八カ所あるいは九カ所で同時に起きたようだとされていた。地下鉄ではキングスクロス駅での爆発がもっとも激しいと伝えられていた。この駅名を聞いて、私はロンドン在住の際の体験をつい思い出していた。

 一九八七年一一月、このキングスクロス駅構内で大火災が起きて三十数人が死に、一〇〇人以上が重軽傷を負うという惨事があったのだ。私は当時、毎日新聞を退社して、産経新聞に移り、ロンドン支局長に任じられていて、この大火災の取材と報道にあたったのだった。

 ロンドンの地下鉄というのはとにかく古く、旧式の基盤に新式の改造や拡張を重ねに重ねた構造だから複雑多岐をきわめる。そのなかでもキングスクロスは最大のターミナル駅だった。当時でもピカデリー線、ビクトリア線、サークル線など五路線が交差し、地下の各層が古ぼけたエスカレータで結ばれていた。

 八七年当時はなんと、このエスカレータがかなりの部分、木造だった。しかも駅構内でも車内でも喫煙が許されていた。信じられないような安全管理の欠落だった。そのときの火災もエスカレータに乗った旅客のタバコが木造部分を焼いて、火が燃え上がったのだと判明した。

 だから、それから一八年、ロンドンの地下鉄の安全はずいぶんと改善されただろうに、なおあの複雑多岐な地下駅に、雑踏にまぎれて爆発物をひそかに運びこみ、爆発させるというテロリストたちの作業はそれほど難しくはなかったように思えてくる。

 英国の警察当局(スコットランドヤード)は七・七テロの五日後の七月一二日には、すでに容疑者一人を逮捕し、他の四人の身許を割り出したことを発表した。容疑者たちはパキスタン系とはいえ、みなイスラム教徒だった。それまでの一般の「アルカーイダのようなイスラム主義過激派の犯行だろう」という“観測”を裏づける形となった。

民主主義国すべてに宣戦布告

 さて、今回のロンドンでの同時爆破テロは、いったい何を私たちに突きつけたのだろうか。

 まず結論を先に述べるならば、今回の事件は完全にアメリカだけを標的とした九・一一テロとは異なり、G8サミット(主要国首脳会議)開会舞台のイギリスで、しかもサミットの開幕にタイミングをあわせて、G8首脳への挑戦という形で民主主義を標榜する主要国すべてに宣戦布告したような意味を持ったといえる。

 この種の国際テロリズムは単にアメリカとかイギリスという一国の特定の政策を標的にするのではなく、民主主義や個人の自由を掲げる文明社会の基盤と価値とを破壊することを目指すという本質を期せずしてみせたわけだ。同時に二一世紀の国際社会ではテロリズムの挑戦がいかに深刻となるか、その展望を血なまぐさい形で明示したともいえる。

 国際社会では、二〇〇一年九月の九・一一テロ以来、テロリズムとの戦いが最大の課題となってきた。毎年のG8でも対テロ闘争は筆頭の議題に掲げられてきた。だがここにきて、一段落という感じがあった。

 最大の被害を受けたアメリカは対テロ戦争を宣言して、アフガニスタンやイラクへの軍事攻撃を実行した。国内では新設された国土安全保障省の主導で「愛国者法」が施行され、テロを事前に防止するための保安措置が次々にとられた。国内要衝の警備の強化や入国者の検査の徹底が顕著となった。

 その結果、アルカーイダのようなイスラム主義武闘派のテロ組織が最大の敵としたアメリカでも、テロはもう四年近くまったくないままとなった。ヨーロッパでも二〇〇四年三月にスペインの列車が爆破されて以来、大きなテロ事件は起きなくなった。だから「テロは一段落した」という印象が生まれたのだろう。

 イギリスのエディンバラでの二〇〇五年G8サミットでは、アフリカ支援が最大の課題とされたことも象徴的だった。国際テロへの対応という課題は一応引っ込めて、アフリカの恵まれない人たちの貧困や疾病の救済を考えようという趣旨だった。主要各国のそうした人道主義の姿勢に対し、テロリスト側は罪のない民間人たちを無差別に爆殺するという凶行に出たのだ。人道主義と邪悪性との対照だといえよう。テロのそうした邪悪性はG8側の価値観の全面的な否定となる。ブッシュ大統領もテロの直後にその点を指摘した。
「一方に世界の貧困を救済し、エイズを減らし、環境をよくしようという人間がいる。他方には罪のない市民多数を殺害する人間がいる。人間の権利や自由を深く気にする側の意図や心情と、自己の要求のために他者を平気で殺す側の邪悪性と、これほど鮮明なコントラストはない」

 英国のブレア首相もG8首脳を代表する形で言明していた。
「私たちは暴力によって自分たちの社会、価値観、生き方を変えさせられることを許さない。テロリストに狂信主義や過激主義を押しつけられ、自分たちの信奉する原理や主義を放棄することは絶対に拒む」

 この種の邪悪性は、テロ実行犯が単に米英両国などのイラク政策や対テロ戦争という特定の行動を変えようとして民間人の大量殺害に走るのではなく、そもそも日本をも含むG8諸国側のあり方そのものを否定しようとして、大量殺害を敢行するという本質を印象づけた。つまりテロ勢力は、個人の自由や平等、国家の合理性や近代性を規範とする主要諸国側の文明社会の基本を破壊して、独自の狂信的な宗教支配を世界に広げようとするわけだ。現代世界への挑戦なのである。

 今回のテロのこうした特徴の結果、米英両国の対イラク政策や対テロ戦争に留保をつけてきた独仏両国の首脳も、国際テロが文明社会自体を否定するとなると、米英両国とは歩調をあわせることとなる。だから仏や独がアメリカやイギリスとの団結を強めるという結果となるわけだ。

 こういうG8側がテロとは断固として戦うという姿勢をとるのは、ブレア首相の言明のように、みずからの国家や社会がよって立つ価値観を守らねばならないと感じるからだろう。テロリストの価値観に従えば、テロ攻撃は受けなくなるだろう。だが、そんな価値観への屈服は自分の価値観の放棄となる。

 日本を含むG8の価値観の基本といえば、個人が自由な形で幸福と繁栄を追求し、国民が統治の形式や内容を自由に選べるシステムを保持することである。このシステムの破壊や放棄を防ぐためには、血みどろの戦いを経てもなおテロリズムとは闘争する、というのが文明社会の原理だといえる。

「力だけでは防げない」「力なしでも防げない」

 テロリズムとは、自己の主張や価値観を暴力による脅しで他者に押しつける手段である。話し合いも、交渉も一切拒んで、暴力の行使で目的を果たそうとする方法である。だから、テロへの対応ではその暴力に対して力で応じ、防ぐ以外にないという本質部分が存在する。

 しかしわが日本では、テロに対して、実際にテロが起きるたびに「力だけでは防げない」という主張が必ず表明される。たしかに一部は事実だろう。だがテロは「力なしでも防げない」のである。なぜならテロはすでにそれ自体が暴力、つまり力の行使だからだ。行使された力を止めるには、物理的な対抗力しかない。テロとはまず戦うしかないのだ。国際テロに対し、一国だけで戦う力がないのであれば、国際連帯や同盟関係を利用すればよい。そのうえでこそ、「力だけでは防げない」領域について考えられるのである。

 テロリズムに対しては「テロの原因や土壌を考えよ」という議論もある。しかし現実には、テロという暴力の物理的行使に対しては、まずその暴力部分に正面から対峙せねばならないのだ。切迫するテロに対しては、自分たちの社会や価値観を守る側は、テロの原因を理解しているゆとりはないのである。

 わが日本では、特に対外的な政策や対応を考える場合に、自国独自の価値観や思考はできるかぎり薄めて、他国との妥協を図るという姿勢が最大指針となってきた。対立や摩擦をとにかく避けるためには、自国の主張は薄めることが都合よく、ときには自国の国益を明確に表明することさえためらわれてきた。

 その極端な帰結が「テロリズムはその原因を理解し、同情しよう」という式の主張だといえる。背景には、すべての対外摩擦案件は双方の要求を足して二で割れば解答が得られるとするような“逃げの思考”があった。
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