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幸せを呼ぶ 「おせっかい」のススメ
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生き方・教養
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おせっかいのルール 8 「おせっかい」の手紙術

『幸せを呼ぶ 「おせっかい」のススメ』
[著]高橋恵 [発行]PHP研究所


読了目安時間:26分
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28 想いを伝える力



 おせっかいやきの私が、相手に想いを伝える方法としてよく使うのが手紙です。もちろん、直接顔を見て気持ちを伝えるのが一番なのですが、時間がなかったり、物理的に距離が離れていたりして、なかなか会えない大切な人がたくさんいます。手紙であれば、受け取る方の都合に合わせて、読める時に読んでもらえるので忙しい人の邪魔をすることもありません。


 今では、メールという便利なものが出てきて、誰もが携帯やパソコンを利用して、メールを(ひん)(ぱん)にやりとりするようになりました。私の世代は、メールは手紙より多少無機質なものに感じますが、手紙と同様に「残る言葉」を送るということでは共通しています。手紙と同様に何度も読み返せますし、さらに人に転送する機能もありますから、喜びをシェアすることも瞬時に簡単にでき、場所を取らずに思い出の言葉をずっと残せます。


 ただ、たとえこのようにメールが便利だとしても、やっぱり私は手紙が好きです。手紙だからこそ伝わる、心に残ることもあると思うのです。


 そう私に確信を持たせたのは十二歳の時の出来事でした。母は私たち三人を育てるために必死で働き、ある時期小さな商社を立ち上げました。しかし、取引先から受け取った手形が不渡りとなり、債権者が押し掛けて、家の中のすべての物を、容赦なく私たちの目の前で持って行ってしまったことがありました。幼かった私たちはただただ(おび)えながら、その光景を見ているだけでした。その夜、母は大粒の涙をこぼし、「これからどうしていいかわからない。あなたたちのお父ちゃんは、お国のために戦争で死んでしまったし。手がなくても足がなくても、生きていて欲しかった。どうして子どもたちを残して先に死んでしまったのよ」と、父の写真に向かって()(えつ)をもらしていました。私たち三人の子どもたちもつられて泣いていた、その時でした。


 玄関の戸がカチャッと音をたてたので、そちらを見たところ、戸に紙切れを挟んで立ち去る人の気配を感じました。母は力の抜けた足取りで玄関に行き、挟まれた紙切れを広げ、いぶかしそうに見つめていました。しばらくすると、母の表情が柔らかくなり、目からあふれていた涙が、違う涙に変わったのです。

「あなたには三つの太陽があるじゃありませんか。今は雲の中に隠れていても、必ず、光り輝く時がくるでしょう。それまでどうかくじけないでがんばって生きてください」


 それは私たち家族をいつもやさしく心配してくれたおせっかいやきな隣人からの手紙でした。壁の薄い家でしたから、一連の騒動や、私たちの様子も筒抜けだったのでしょう。その方は励ましのメッセージを伝える手段として、たった一枚の紙切れを玄関の戸に挟んでいかれたのでした。


 このメッセージを、家族四人肩を抱き寄せ、人の心の温かさに泣きながら、何度も何度も読んだのです。そのメッセージ通り母は、幼い私たちを太陽と称し、ほどなく生きる希望を見出したのでした。母は晩年、本当に辛いあの時期、救ってくれたのはあの手紙だったと言っていました。あの手紙の記憶は、強烈にそして鮮明に、今でも私の頭から離れません。

「紙切れ一枚が与えてくれた幸せ」がどのくらい大きなものであったかを、身をもって学んだのでした。


 ある時、TBS東芝日曜劇場の一〇〇〇回記念で、ドラマの原案を募集していましたので、私はこのエピソードを書いて応募しました。すると、二万人の中から入選し、ドラマ化されることに。さらには、番組の石井ふく子プロデューサーから直々に電話があり、「あなたの作品が一番気に入りました」とまで言っていただき、最終的にこの話は、海外でも放送されるドラマとなったのです。


 人生においては辛いことも、悲しいことも無駄ではないということを知らされた一件です。

29 死の淵からの気くばり



 私が創業したサニーサイドアップというPR会社では、スポーツ選手のマネジメントもしているのですが、以前、飯島夏樹というウインドサーファーが所属しておりました。


 彼はその当時から、「他の会社にはない、この会社の雰囲気が大好きだ」と言ってくれました。彼は、三十五歳でガンを宣告され、三十八歳の若さで亡くなりました。ウインドサーファーの(すが)(すが)しい青年は、著書『天国で君に〓えたら』がベストセラーになり、彼の人生も『Life 天国で君に逢えたら』というタイトルで映画化されたので、ご存じの方も多いと思います。


 娘の悦子が、初めて飯島夏樹君を会社に連れて来た時のことを今でもはっきり覚えています。一瞬、俳優かと思うほどキラキラした笑顔がまぶしい青年でした。まさかそれから数年後に、娘と同じ年齢の彼が天国に逝ってしまうなんて想像もしないことでした。


 彼が亡くなる間際、彼の病状を心配している私を励ますために、グアムからくれたのがこの手紙です。

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