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人生に老後という名の時間はない
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生き方・教養
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まえがき

『人生に老後という名の時間はない』
[著]山崎武也 [発行]PHP研究所


読了目安時間:3分
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 自分自身については、老いるということを認めたくないと考えている人が多い。いつまでも若さを保ちたいというのは、ごく自然な人間的感情であるから、老いに対して抵抗感を感じるのは当たり前である。


 しかしながら、老いという言葉や現象に拒否反応を示すということは、突きつめてみれば、老いを強く意識しているという証拠にほかならない。老いたら少し余裕のある生活をすることができると考えている人でも、未知の世界に入っていく不安感は(ぬぐ)いきれない。


 また、体力や気力が衰えていくことに焦点を当てて考えている人にとっては、ネガティブな面ばかりが気になる。


 年を取ることは、この世に生を受けてから、一刻も休むことなく続いている過程である。老年の域に入るといっても、急にまったく異なった世界になるわけではない。仕事をしなくなったといっても、職業的な業務をしなくなっただけで、知力と労力を使う場がまったくなくなったのではない。生きていくという「作業」は、営々と続けていかなくてはならない。


 年を取ってからの時期を、「老後」というカテゴリーに入れて差別化するから、世界が狭くなっていくのである。ライフスタイルが少しずつ変わっていくだけで、心構えはまったく同じでなくてはならない。


 マラソンは長丁場の努力を続けなくてはならないが、ゴールインしてしまえば、気を抜き身体を休めることができる。だが、人生にはゴールがない。どこまでも緊張と努力の連続である。年齢相応に程度の違いが多少あるだけだ。


 年を取るに従って、それまでに身につけた英知を駆使して、より優雅な生き方を心掛けてみる。人真似をするのではなく、自分なりに築き上げてきた「知の世界」と「情の世界」をバランスよく生かす道を歩むのである。


 ある程度の年齢になるまで、無事に生きてきたということは、自分の考え方や努力の仕方にも合理性があったということにほかならない。自分自身に自信をもってよい。

『論語』に「七十にして心の欲するところに従えども(のり)をこえず」とある。自分の思うとおりにするといっても、時と場所と場合を考え、さまざまな要素を考慮に入れたうえでのことだ。人の道に外れるようなことをするはずがない。


 そのような域に達する年齢は七十歳とは限らず、人によって異なる。だが、年を取るに従って、その域に近づいていくのは間違いない。


 ただ、年齢とともに頑固になっていく傾向がありうるので、フレキシブルな考え方をしてみる。世の流れに流されないようにしながら、「しなやかに」を心掛けるのである。


 漫然と暮らしていたのでは、弱者として扱われるだけではなく邪魔者にされても仕方ない。外に広く心を開きながら毅然とした姿勢を保っていく必要がある。



 本書の企画については、PHP研究所の大久保龍也さんに負うところが大きい。また、同所の細矢節子さんにもお世話になった。両氏に心からなる感謝の意を表明する。



 二〇〇五年一月

山﨑武也 

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