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東大博士が語る理系という生き方
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教育
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第7章 工学博士となった後、医学部受験――河村大輔

『東大博士が語る理系という生き方』
[監修]瀬名秀明 [監修] 池谷裕二 [発行]PHP研究所


読了目安時間:29分
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 河村大輔(こうむら・だいすけ)

 1979年滋賀県大津市生まれ。福井県私立敦賀気比(つるがけひ)高校から98年東京大学理科類入学、工学部計数工学科卒業後、同大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻修士課程修了、2007年同大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。工学博士。その後、NECに入社し、中央研究所データマイニングリサーチグループに配属。退職後、学士編入学制度で、千葉大学医学部3年次へ編入。現在同大学医学部4年生。医学部で学ぶ膨大な知識の量に日々圧倒されつつも、時間を見つけてバイオインフォマティクスの研究を続けている。


私が東大博士となるまで

パソコン少年が東大を目指す

 滋賀県で生まれ、福井県で育った私には、東京は遠すぎて初めから「東大に行きたい」という強い思いがあったわけではありませんでした。それどころか、高校に進むまでは、大学に進学することさえとくに考えていませんでした。

 中学から私立の敦賀気比へ進んだのも、当時はめずらしかった週休二日制を取り入れていたことや、給食ではなくて弁当持参で毎日好きなものが食べられること、髪の毛を丸刈りにしなくてよいこと(いまでは信じられませんが、地元の公立中学校は丸刈りが強制されていたのです)などの子どもじみた理由からでした。

 小学校を卒業する頃、親がパソコンを与えてくれました。といっても、その頃のパソコンは、ハードディスクの容量が20MB(GBではありません)しかなく、表示できる色は赤、青、緑など8色のみでした。いまの携帯電話の足元にもおよばない性能ですが、初めてのパソコンに私は夢中になりました。中学ではパソコン同好会に入り、ゲームを作って遊んだりしていました。そのコンピュータ好きは高校に入ってもずっと変わらず、そのため将来はコンピュータを扱う情報系の学科に進みたいという希望を持つようになりました。

 敦賀気比高校は高校野球での活躍もあって全国的に名前は知られていますが、大学受験では無名校に入ると思います。中学からあがる生徒は自動的に大学進学を目指す特進コースに振り分けられました。私は高校では部活に入らず、かといって家で殊更(ことさら)勉強ばかりしていたというわけでもなく、ゲームを作ったり、ゲームをしたり、友だちと遊んだり、といった毎日でした。

 ただし、学校の授業はしっかり理解できるように努力していました。高校では2年生までに3年生分の内容は終わり、高校3年生では受験対策がメインでした。熱心な指導をしてくれる先生方に恵まれ、授業はとても充実したものだったと思います。休日を返上して、補習がおこなわれたこともありました。つまり、学校が塾の役割も兼ねていた、といえるかもしれません。そうやって日々の学校での授業やテストをきちんとこなしていった結果、自然と受験にも対応できる力がついたのだと思います。そして受けた模試の結果が良かったこともあって、東大を目指すことにしました。

 それでも東大は遠いところでした。いままで東大に合格した人がいなかったために、どうやって受験対策を立てればいいのかわからず、またどのくらいの学力があれば東大に合格するのかもよくわかりませんでした。模試でいい判定が出ても、その判定をどこまで信じればいいのかもわからなかったのです。それでも最終的に東大を受けたのは、都会への憧れもありましたが、何より両親と先生の励ましがあったからでした。それがなければ、弱気になって東大を諦めていたと思います。両親と先生には本当に感謝しています。

 受験を通して学んだことは、受験前の土壇場(どたんば)で一気にがんばるよりも、コツコツ積み上げていったほうが心理的に楽で、効率もいいということです。テスト直前になって徹夜などをして覚えたことは、忘れるのも早いので、結局受験前にもう一度覚える羽目に陥ります。その場しのぎの暗記を繰り返すやり方では、受験勉強を乗り切るのはむずかしいでしょう。

水泳とバイトに明け暮れる

 東京大学理科類に入学すると、憧れの東京に出てきて浮かれていたということもあったのかもしれませんが、情報系の勉強をするという初心を忘れ、勉強以外のことをいろいろ経験したいと思うようになりました。大学デビューという言葉がありますが、環境が変わるときは新しいことをはじめるよい機会でもあります。そこで、何か部活に入ろうと思いました。

 大学に入学するとまず諸手続きといって、入学に必要なさまざまな手続きをする日があります。その手続きが終わり建物を出たところに、いろいろなサークルや部活の先輩たちが、高校を卒業したての純真な若者を待ち構えています。私は自動車部に興味があったのですが、自動車部の場所を水泳部の人に訊いたらそのまま水泳部に連れて行かれ、気付いたらそのまま水泳部に入部していました。じつは東大水泳部が使っている本郷キャンパスの屋内プールは、日本最古の屋内温水プールです。書籍部の真下にあるのですが、水泳部以外の人はそこにプールがあることをほとんど知りません。地下にひっそりと存在していて、書籍部の入り口が若干塩素臭いということ以外に、そこにプールがあるという気配は感じられません。老朽化してはいましたが、歴史の重さが感じられる、いいプールでした。
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