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松下幸之助に学ぶ人生論
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第二章 幸之助、天命を語る

『松下幸之助に学ぶ人生論』
[著]飯田史彦 [発行]PHP研究所


読了目安時間:1時間5分
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 本章では、『松下幸之助発言集』(全四五巻)の中から、「天命」についての学びを得ることのできる発言に着目し、幸之助さんのお言葉から何を学ぶことができるかについて、考察を深めてみましょう。

第一節
運命を貴ぶ




 幸之助さんが、男女の恋心を引き合いに出しながら、運命について語った次の発言を見つけた瞬間、私は思わず、「おお!」と手を打って喜びました。この当時の幸之助さんは五十三歳であり、本書執筆時点で四十六歳になる私から見ると、他の発言に比べて、かなり年が近いと感じる頃なのです。まだ五十代前半であったからこそ、「恋心」を引き合いに出して論じるほどの元気が、おありだったのでしょうか。

 その若かりし日の幸之助さんが、男女の恋心の仕組みをどのように解明したのか、どうぞワクワクしながらお読みください。

「そこで男女が寄って恋を語るということになるのでございます」





 これは皆さんに申しあげると、「松下、失敬(しつけい)なことを言うな。そんなことは分かっているぞ」とおっしゃるかもしれませんが、一つの例を申しあげますと、われわれ人間には男には男として、女には女としての恋心というものが与えられているのであります。男は婦人に恋をする、婦人は男子を恋するという心を与えられていることを認識するのが、人間の本質の一部を認識することであります。


 年を()れば恋心というものが芽生えてくるということは、人間の本質上そうなっているのであります。そこで男女が寄って恋を語るということになるのでございますが、この恋というものをいろいろ処理しなければならない場合が起こると思います。その処理する場合にあたりまして、この恋というものは、その人の私的なものであるか、公的なものであるか、ということです。これは私は、たいへん面白いというと語弊(ごへい)がありますが、慎重(しんちよう)な考慮をせねばならないと思うのであります。両者が恋をしている、その恋心の処理ということにつきましては、これは神様が人間に与えられたものであるということを認識しているのと、自分勝手な恋心だという考えをもっているのとでは、おのおのその処理策が違ってくる。

 私的にものを見るか、公的に見るかによって、はっきり差異が生じてくるといえると思うのです。そこで私は、これを公的なものとして見るのであります。恋心は(おおやけ)のものだというのであります。そこからものの判定といいますか、そういうものが出てくる。これは恋だけではありません。お互いがもつ使命といいますか、仕事につきましても同じ線をたどるのであります。

『松下幸之助発言集』(全四五巻)第三六巻三九二ページ七行目
昭和二十三年(一九四八)十一月三日、PHP運動二周年記念講演会(五十三歳時)



 若き日の幸之助さんによると、「恋心の処理ということについては、神様が人間に与えたものであると認識している場合と、自分勝手な恋心だという考えの場合とでは、その処理策が違ってくる」のだそうです。そのうえで、幸之助さんは前者の考え方であり、「恋心は公のもの」だと断じていらっしゃいます。

 つまり、ある女性を幸之助さんが好きになるという現象は、神様のご意志であって、幸之助さんという人間が単なる生物として抱く感情ではない、ということになるでしょうか。しかも、このような仕組みは、仕事をはじめとして、人生で生じるさまざまな現象に関しても、当てはまるはずなのだそうです。


 私自身は、「生きがい論」において、男女の関係が決して偶然ではないことを科学的に論証していますので、このような幸之助さんの人間観・人生観・宇宙観には、大いに共感することができます。私の理論では、夫婦、親子、兄弟姉妹、友人、恩師、仕事仲間など、深い関係になるような人のことを、「ソウルメイト」(たがいに肉体を超えた魂のつながりを持つ人間どうし)と表現しています。また、その中でも、深い男女関係で結ばれるほどの相手のことを、「ツインソウル」と呼んでいます。(詳しくは、私の著書『ツインソウル 〜死にゆく私が体験した奇跡』PHP研究所、二〇〇六年をご参照ください)

 さらに、幸之助さんは、職場で出会う仕事仲間としてのソウルメイトについても、次のように説明しています。

「ほんとうの結合というものが生まれてきて、相互の力というものは倍となる」





 この世のことは理屈で割り切れないこともたくさんあります。そういうこともさらに世が進歩しますと、割り切れるようになるかもしれませんが、今のところは割り切れないものがたくさんある。そういう理屈で割り切れないものが成り立つということから、理屈では説明できない一つの(きずな)、大きな縁というものがそこに力強く働いているということを感知(かんち)するということになるのであります。

 皆さんが松下電器にこうして入社してくださったということも、私は一面にそういう両者のあいだに強い縁があって、それで結ばれたんだと考えてみてはどうか。理屈以外である、いいかえますと、そういう運命をもっているんだ、諸君は松下電器に社員として入り、そして社員として社会人として、社会に活動するというような運命をもっておるんだ、こういうように私は考えられるとも思うのであります。


 そうでありますから、私は、お互いに一面非常に強い結びつきをもっていると思います。そういう運命をもっておるんだ、理屈やない、諸君が松下へ入ったということは運命のしからしむるところである。“えらい旧式なこと言うな”と皆さんは思うかもしれないけれども、私はまじめに、皆さんを迎えることは運命だという考えをもっているんです。

 皆さんを十分に試験し考査(こうさ)して、この人は理想的な社員になられる人だと思って、松下電器が採用したのであります。しかしそうは思うものの、全部が全部そうかというと、私はそうもいかない方々もあろうかと思うんです。

 皆さんは、まあ松下へ入って誠実に働いて、社会のため国家のため、また会社のために努力しようという決意をもっておられましょうけれども、そのうちにはそういう決意もだんだん薄らいできて、好ましからざる社員というような傾向になる人も、なかにはあると思うんです。“ああ困ったな”と会社が思う人も、皆さんのうちには一人や二人はでるかもしれない。

 しかし、それはいま申しましたように、かりにそういう人がでても、“それは運命だ。会社のもつ運命だ。だからその運命に従ってその人を許容(きよよう)していこう”こういうような考えを会社もやはりもつべきだと思うんです。それと同じように、皆さんもいい会社と思って入ったけれども、全部が全部、いいことずくめではない。なかに気に入らん点もあるし、面白からざる点もある。けれどもこれがやはりおれの運命だ、だからある程度これを許していこう、そして協力していこうというように考える。


 そういうように考えますと、会社も、皆さんの中から好ましからざる人がでても、温かい心をもって終始その人に接することができるし、皆さんのほうも面白くない会社だと思っても、誠意をもって会社を見守っていこうということになっていくだろうと思うのです。そういうように結ばれた縁、結ばれた運命というものに立脚して、心を広く物事を考えてみますと、辛抱(しんぼう)のできないことでも辛抱をする、お互いに許しにくいことでも許しあおうという気になってくる。そこにほんとうの結合というものが生まれてきて、相互の力というものは倍となり、三倍となり四倍となって私は働くものだと思うのです。

『松下幸之助発言集』(全四五巻)第三二巻二七一ページ一四行目
昭和三十七年(一九六二)四月三日、松下電器 新入社員導入教育(六十七歳時)



 なんと感動的な発言でしょうか……「たとえ社員の中から好ましからざる人(たとえば働きの悪い人)が出ても、会社は温かい心をもって接する」と約束したうえで、その代わりに社員に対しても、「面白くない会社だと思っても誠意をもって見守ってほしい」と、頭を下げているのです。このような、幸之助さんの言う「ほんとうの結合」という表現は、まさに、「ソウルメイト」の概念を営利組織の中で実現していこうとする、画期的(かつきてき)な宣言であったと言えるでしょう。

 この発言が()された昭和三十七年(一九六二年)は、ちょうど私が生まれた年でもあるのですが、その後四十六年間も経ってしまった現在では、リストラや希望退職の嵐の中で、このような幸之助さんの理想論を実現することは困難になっていることでしょう。ここで「経営学入門」や「人事管理論」の授業を行うつもりはないため、詳細(しようさい)については触れませんが、幸之助さんが創業したあの有名企業にも、大きな変化が次々に生じているようです。

 いずれにしても、この発言の中で「それは運命だ」と断言しているように、幸之助さんが運命論者であったことは、間違いありません。そこで、幸之助さんの運命観(天命と呼ぶ場合もあります)を如実に示す発言の中から、代表的なものをご紹介していきましょう。

「人が遊んでいるときに、自分は()き掃除をしなければならない」





 その後商売して非常に不景気になったり、その他いろいろなことがありましたが、そういうときにいつも、それは自分の運命であってしかたがない、結局自分はこういう立場に立っているのだから、これ以上何も考える必要はない、きょう一日を充実していったらそれでいいんだ、という考え方が無意識のうちにあった。だからそういう場合にも、ひとつもうろたえずにやっていけたのだと思います。そして、何がいちばん正しい道かということを考えて、私は私なりに、これはいい道だと思うことを、そのとおりにやっていった。そういうふうなことで、いつとはなしに今日に来たわけであります。

 そのように考えてみますと、私が今日まで来たのは、一つは、私にそういう素質というか運命があったんだということを今、素直に認めているのです。しかしその上に、私は世間でいう不幸な境涯(きようがい)というようなことにとらわれなかったということであると思います。


 つまり、自分の境涯は不幸であるがゆえに、いろんなことが体験できるんだ。人が遊んでいるときに自分は()き掃除をしなければならない。しかし、拭き掃除するというところに、いいしれない人生の教訓が含まれている。それが知らず識らずのあいだに自分の身についている。そのころには、いま言ったような解釈なり理解をもっていなかったと思いますが、今にしてみると、それが人生体験であり、一つの教訓として身についていったということであると思います。それが積み重なっていって、ある大事にぶつかった場合に、これはこうやっていけばいいとか、ああすればいいとか、自然に処置ができるようになってきたのだと思います。

『松下幸之助発言集』(全四五巻)第一一巻八五ページ四行目
昭和三十七年(一九六二)五月八日、慶應義塾大学 特別講演会(六十七歳時)



 このような、「自分の境涯は不幸であるがゆえに、いろんなことが体験できるんだ」という人生解釈は、幸之助さんが、「この境遇(きようぐう)を運命として受け入れよう」と考えることによって、みずからの力により、価値観の転換(私の「生きがい論」でいう「ブレイクスルー」現象)を起こしたことを示しています。青少年の時代に、「この境遇は自分の運命なのだ」と、みずからに言い聞かせながら努力を重ねた体験は、幸之助さんの人生に、大きな影響を与えていくことになったでしょう。

 その後、経営者として大成した後にも、幸之助さんは、独自の運命論を展開しながら、人々に人生の仕組みを説いていきました。たとえば、次のような発言が、その代表格と言えるでしょう。

「人間の幸せは、自分の運命を生かすことである」
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