凡庸な教師はただ喋る。
少しましな教師は説明する。
優秀な教師は自らやってみせる。
最高の教師は心に火をつける。
19世紀の教育学者、アーサー・ウィリアムズはこう言いました。
知識を説明して理解させるよりも、やる気にさせることが何より大切なのだ。
しかし、子どもをやる気にさせるのは簡単ではありません。最高の教師になるのでさえ長年の経験と努力が必要となるのですから、一般の人間には無理難題に近いといってもいいでしょう。
それでも、「子どもの心に火をつけたい」という気持ちは、多くの親にとって共通の願いでしょう。それでは、どうすればわが子の心に火をつけられるのでしょうか?
まず真っ先に考えるべきは、心に火をつけてくれる最高の教師はどこにいるのか?と考えることです。
自分が最高の教師になれればそれに越したことはありませんが、なかなかそうはいかないのが現実です。そこで、身の回りを探してみてください。そうすると、目の付け所さえよければ、最高の教師は案外簡単に見つかるものです。
近所の職人さん、カルチャースクールの先生、お寺のお坊さん……といった生身の人だけが教師ではありません。圧倒的に簡単に出合えて、効率的に学べる。それはマンガや本、テレビ、映画などのストーリーです。そしてそのストーリーこそが、子どもが好きなことを見つけるためのとっておきの道標になるのです。
この章では、以下の3パートに分けて子どもの心に火をつける最高の「ストーリー」を紹介します。
パート1:心に火をつけるには「生き様」を学べ!
パート2:心に火をつけるには「人類のテーマ」を学べ!
パート3:心に火をつけるには「感動する物語」を学べ!
親たちの代わりに子どもに語りかけ、火をつけてくれる教材ばかりを揃えました。
パート1 心に火をつけるには「生き様」を学べ!
1つ目のストーリー、それは「偉人伝」です。
可能性のある子、素質のある子というのは、自分の人生をどう生きるべきか、自分の命をどう使うべきか、そうした問いを心の中に秘めているものです。
凡庸な人生を生きるのではなく、何かにチャレンジし、他人との違いを生み出し、感謝を受け取るような人生を歩みたい。そんな気持ちを胸に秘めています。
しかし、その気持ちは多くの場合、途中で色褪せて消えてしまいます。
「まあいいや」「このくらいでいいや」と割り切る省エネ術・処世術を、年齢が上がるにつれて覚えていくからです。
人間は誰だって易きに流れます。たくさんの経験を積んで、人生には色々な選択の仕方があることがわかってくれば、なおさら易きに流れていきます。
ですからそうなる前に、小さな頃から偉人伝に出合わせる必要があるのです。胸に秘められた小さな種火を大きな焚き火へと育てていくように、偉人の言葉を浴びせ、生き様を学ばせましょう。
一見遠回りに見える勉強法ですが、子どもの素質を育てるにはもっとも効果的な方法です。
机に向かってひたすらカリカリ鉛筆を動かすよりも、「将来やりたいこと」「自分がとことん打ち込めること」が見つかる勉強法です。もしあなたが子どもだったら、こんな勉強をすすめてもらいたかった、きっとそう思うはずです。
生き様1
志を立てるためには、人と異なることを恐れてはならない。
世俗の意見に惑わされてもいけない。
死んだ後の業苦を思い煩うな。
目前の安楽は一時しのぎと知れ。
百年の時は一瞬にすぎない。
君たちはどうかいたずらに時を過ごすことのないように。
吉田松陰 (1830─1859)
江戸時代末期の思想家、長州藩士、教育者、兵学者
解説
これは吉田松陰が29年の生涯を閉じる1年前に、松下村塾の弟子たちに向けて残した言葉とされています。
吉田松陰は常に、志をもって世のため人のために尽くす心意気を語る人でした。
大事を成すためには、他人と違うことをしなければいけない時もあります。他人に馬鹿にされたり、親や友人から無理だと非難されたりすることもあるでしょう。それでも惑わず、自らの志に真っ直ぐであれ。覚悟を持って行き抜け。そう説いたのがこの言葉です。
こうした吉田松陰の言葉は、明治維新の志士だけでなく、現代を生きる私たちの胸にも突き刺さるものがあります。いたずらに人生の時間を浪費しないで、懸命に生きようという気持ちをかきたててくれる言葉です。
実際に松下村塾の門下生になることはできなくても、心の中で塾生となり、吉田松陰の教えを胸に刻むことはできるでしょう。
教材紹介
吉田松陰に出会うための方法はたくさん存在します。たとえば2015年度のNHK大河ドラマ『花燃ゆ』を親子で一緒に見るのも一つでしょう。
他にも様々な解説書や小説が出版されています。その中でも特筆すべきは、司馬

太郎著の『世に棲む日日』でしょう。幕末時代劇で有名になった司馬

太郎の著作集の中でも、名作中の名作といえます。吉田松陰から弟子の高杉晋作へ、時代を動かすヒーローの生き様がどのようにして受け継がれ、光を放ったかが描かれています。
『世に棲む日日』は1977年に放送された大河ドラマ『花神』の原作にもなっています。花神の総集編はNHKオンデマンド、またはレンタルビデオでも手に入れることができるのでオススメです。
ポプラ社からはコミック版の伝記シリーズとして「吉田松陰と高杉晋作」が出版されているので、これは最初の入門編として活用したいです。
本
『世に棲む日日』(全4巻)
司馬
太郎/著
文春文庫
各560円+税
マンガ
『幕末・維新人物伝 吉田松陰と高杉晋作』
加来耕三/企画・構成・監修
すぎたとおる/原作
瀧玲子/作画
ポプラ社
1,000円+税
人物紹介
明治維新の事実上の精神的指導者といわれている。
若き頃は佐久間象山の弟子となって世界情勢を学び、日本を西欧列強から守るためには何をなすべきかを行動の軸に置いた。
故郷長州の一角で小さな私塾、松下村塾を開き、幕末維新の指導者となる人材を多く育てる。門人は「村塾の双璧」と称された高杉晋作・久坂玄瑞をはじめ、伊藤博文や山県有朋ら明治の元勲など、綺羅星のごとく錚々たる顔ぶれだった。
生き様2
世の人は我を何とも言わば言え
我が成す事は我のみぞ知る
坂本龍馬 (1836─1867)
幕末の志士、土佐藩郷士
解説
明治維新に多大な影響を与えた幕末の英雄。北辰一刀流の剣術家でもあり、無類の強さを誇った坂本龍馬の幼少時代は、泣き虫でバカな寝小便タレ。勉強もダメ。武道もダメ。近所でも有名な木偶の坊でした。
それでも胸に秘めた熱い思いが龍馬にはありました。この句は龍馬が十代の時に詠んだ歌と言われています。
「世間の人が言いたいのであれば、自分のことを何とでも言うがいい。ただ自分が成し遂げるべきことは自分だけが知っているのだ」という自らの奮起を促すこの気概こそが、その後の坂本龍馬を育てたに違いありません。
勝海舟の弟子となり、西郷隆盛や木戸孝允と互角に渡り合い、犬猿の仲であった

摩藩と長州藩の手を結ばせ、その一方で血が流れない革命に向けて大政奉還をお膳立てする。なんの後ろ盾もない一介の素浪人が、時代を動かす台風の目になったという事実こそ、多くの若者の憧れの的となる理由なのです。
教材紹介
坂本龍馬という人物は織田信長に並ぶ日本史のヒーローです。その人物と出会う上で、司馬

太郎著『竜馬がゆく』は欠かせません。
なぜならこの本こそが坂本龍馬を歴史上の大人物として世に知らしめた本だからです。坂本龍馬のファンになるための書といっても過言ではありません。
しかし少々長い小説なので、入門編としてはマンガ『お〜い!竜馬』がオススメ。小学校低学年からでも読むことができますし、そもそも大の坂本龍馬ファンである武田鉄矢が、もっと多くの人に龍馬を知ってもらいたいという一心で作られたマンガなので、演出にはたくさんの工夫がしてあります。また2010年に放映されたNHK大河ドラマ『龍馬伝』も名作の呼び声高く、福山雅治の演技に惚れ込んだ人も少なくありません。マンガ→大河ドラマ→小説という順番で坂本龍馬ワールドにわが子を送り出してあげてはどうでしょうか。
本
『新装版 竜馬がゆく』(全8巻)
司馬
太郎/著
文春文庫
各650円+税
マンガ
『お〜い!竜馬』(全12巻)
武田鉄矢/原作
小山ゆう/漫画
小学館 ビッグコミックススペシャル
各743円+税
人物紹介
裕福な商家に生まれ十代半ばで剣術により頭角を現し、江戸の千葉道場に修行に出る。その後脱藩し、志士として活動するようになる。
幕臣、勝海舟の門人となり、神戸海軍操練所の塾頭も務めた。その後も、日本初の株式会社といわれる亀山社中の設立、
長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力する。志半ばで暗殺されるも、その意志は引き継がれ、明治維新の原動力となった。
生き様3
「弱い人ほど相手を許すことができない。
許すということは、強さの証だ」
「見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」
マハトマ・ガンジー (1869─1948)
宗教家、政治指導者
解説
今なお、インドで「独立の父」として尊敬される英雄がいます。その名は、マハトマ・ガンジー。彼の偉大さを際立たせているのは、一生涯を通じて貫いた「非暴力・不服従」という信念ではないでしょうか。
当時、イギリスに支配され植民地となっていたインド。理不尽な差別、暴力的な弾圧が行われる中、ガンジーは暴力をもってやり返さず、それでいて屈せずという態度を持ち続けました。イギリス製の衣服を捨て、インド伝統の糸車で作られた衣装を身にまとう。私達が見慣れた彼の姿の裏には、イギリスによって奪われた誇りを取り戻し、独立を勝ち取るために闘う志があったのです。インドにおいて、33年間で6回投獄され、2238日を牢獄で過ごしたガンジー。それでも信念を曲げず、何度でも立ち上がる。アジア人で初めてノーベル文学賞を受賞したインドの詩人タゴールは、そんなガンジーの姿に「偉大なる魂」を意味する“マハトマ”という尊称を贈りました。信念を貫く大切さを、ガンジーの人生は語ってくれるはずです。
教材紹介
ガンジーの生き様を知るには、彼の生涯を描いた映画『ガンジー』が一番。これを見ずしてガンジーは語れません。
南アフリカで、インド人だからという理由で壮絶な人種差別を受けたガンジーの青年時代から、イギリスによる弾圧を乗り越え、インドでの独立運動を繰り広げるに至るまでを描いた大作です。「志に生き、志に死した」ガンジーの人生に、観る人は心を動かさずにはいられません。
さらに、主演を務めた俳優は極限までガンジーの外見と仕草を模倣し、アカデミー主演男優賞を獲得するなど、大きな話題を読んだ作品です。さらに上映時間が3時間以上もあるので、集中力を鍛えるにもうってつけ。
「まだうちの子には早いかな」と思ったら、まずは伝記を手に取らせてください。ポプラ社からはマンガ版の伝記も出ています。
Blu-ray
『ガンジー』
リチャード・アッテンボロー/監督
発売・販売元/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
発売中 2,381円+税
マンガ
『コミック版世界の伝記 ガンジー』
たかはしまもる/漫画
水越 保/シナリオ
長崎暢子/監修
ポプラ社
950円+税
人物紹介
「インド独立の父」といわれる英雄。元は弁護士だったが、南アフリカで人種差別を体験し、政治運動に身を投じる。
インド帰国後はイギリスからの独立運動を指導し、「非暴力・不服従」に基づくゼネストや非買運動を指揮した。第二次世界大戦後は、ヒンドゥー教徒とムスリムの対立が激化する中、両宗教の融和、統一インドの独立を目指した。しかし、急進的ヒンドゥー教徒に銃撃され、78歳でこの世を去った。
生き様4
「生きるうえで最も偉大な栄光は、
決して転ばないことにあるのではない。
転ぶたびに起き上がり続けることにある」
「私は
我が運命の支配者、
我が魂の指揮官なのだ」
ネルソン・マンデラ (1918─2013)
政治家
解説
南アフリカでは、白人と非白人を隔離する政策「アパルトヘイト」により、20世紀初頭から不当な労働格差や理不尽な人種差別が平然と行われていました。
そんな状況を打破すべく、立ち上がったネルソン・マンデラ。しかし、44歳の時に逮捕され、27年間も収容されます。
収監中でも、彼の心は決して折れませんでした。生まれや肌の色の違いを超えて、南アフリカは一つになれる。そう信じ続けます。
政府が政策を転換し、釈放された後、ついに彼の思いは実現し、アパルトヘイトは廃止されます。また、すべての人種が参加する選挙が行われ、彼は南アフリカの新しいスタートを切るべく、大統領に就任しました。27年という途方もない長い年月、強い信念を胸に闘いつづけたマンデラ。これほどまでに真っ直ぐな生き方が、他にあるでしょうか。
教材紹介
モーガン・フリーマン主演の『インビクタス』をぜひ入門編にしてください。「インビクタス」とは、「屈服しない」を意味するラテン語。アパルトヘイト廃止後も、あらゆる民族の融和を図り、南アフリカの発展を願ったマンデラの姿を見ることができる作品です。そこにスポーツの要素が入ってきます。ラグビーのワールドカップの自国開催を、民族統一の旗印にしようと団結していくストーリーなので、手に汗を握りながら楽しめます。
そして次にオススメしたいのが、『インビクタス』のベースになったマンデラの自伝『自由への長い道』です。ちなみにこの本が出版された際、「映画化されたとしたら誰に演じてもらいたいか」という質問に対し、「モーガン・フリーマン」とマンデラ本人が答えたため、モーガン・フリーマンはこの作品の映画権を購入したという逸話が残っています。
DVD
『インビクタス/負けざる者たち』
クリント・イーストウッド/監督