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バツイチなんて言わせない
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ルポ・エッセイ
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第三章 離婚すべきかどうか、QOLで判断しよう!──破綻主義からQOL主義へ──

『バツイチなんて言わせない』
[著]中村久瑠美 [発行]PHP研究所


読了目安時間:32分
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急増する熟年離婚


 二〇一二年五月の『日本経済新聞』は、「アメリカで熟年離婚が急増──米の五〇歳以上の離婚、この二〇年で倍増」と報じていた。

 アメリカでも団塊世代は多い。いわゆるベビーブーマーが二〇一二年で六十五歳になり、「老後も妥協せず、残りの人生を悔いなく生きる」を合言葉に、離婚へ急ハンドルを切っているという。

 日本でもこの傾向はまったく同じだ。私の事務所を訪れる離婚相談者のうち、五十代以上の方がここ数年目立っている。とくに団塊世代の大半が定年を迎え、年金支給の開始が目前に迫ったこの一、二年が際立って増えてきている。

結婚を卒業します


 子育ては終わった。子どもたちは独立した。そして定年を迎えた。しかしまだまだ元気だ。やり残したことはワンサとある。体力も気力もあるいまのうちに、自分のしたいことをしておかなくては、死んでも死にきれない。しかし夫は(妻は)とても付き合ってはくれない。平均寿命までまだ二、三十年はあるというのに。

 このままこの夫(妻)だけを見つめて、じっと我慢の結婚生活を続けるかって? いやあ、それは耐えられない。勘弁してほしい。幸い、子どもたちも独立した。もう世間体がどうこう気にする必要もない。勤務先の仲間から「○○さん、離婚したらしいわね」などと噂されることもなくなった。双方の両親も見送った。「結婚」という形を維持継続する社会的意味は終了したと言ってよい。

 さあ、これからが人生の黄金期! そう思ったのはいいが、障害は配偶者の存在だ。あのヒトがいたら、自由なんてとても得られない。年金が半分もらえるなら、もらって別々に暮らそうじゃないの。私たち「結婚を卒業します」「これからはそれぞれが自由に、人生の最終章を奏でます」という人々が増えはじめている。

 こういう熟年離婚(=QOL離婚)を支えるシステムや社会的背景は何だろう。

定年退職金は入った。
年金分割制度もできた。
平均寿命が長くなった。


 この三点セットが、熟年離婚の増大に拍車をかけている。

 年金分割は二〇〇四年の年金法の改正により、二〇〇七、八年の二回に分けて実施されるようになった。あれから五年が経過し、熟年世代に年金分割のメリットは相当浸透した。

 年金が半分もらえるなら、あとは住む家よね。その家についても、現代日本らしい異変が起きている。

 団塊世代のカップルは、家を一つどころか、それ以上もつ例が多い、というのだ。一つは自分たちでローンを組んでマイホームと思ってつくった家だ。もう一つは、実家から相続した家。何しろ戦後のベビーブーマーは、人数こそ多いが、各戸の兄弟姉妹の数は少ない。戦前のように、産めよ増やせよの時代は去って、子どもは二人が標準という時代だったからだ。戦後の家庭の標準モデルは夫婦に子ども二人というもので、ありとあらゆる社会単位の基準とされてきた。税金のモデル、家電や家具、家のつくりなどなど、夫婦に子ども二人の家庭を前提として、いろいろな商品が生み出され、出回った。バースコントロールの普及もあって、昭和三十年代になると子どもは一人という家庭も増え、一家に子どもは一人か二人、たまに三人兄弟がいると「多いですねえ」と言われるようになった。

 すなわち、実家の両親世代が亡くなると、その家が残る。四人も五人もで相続するなら、処分してお金で分けるしかないが、ひとりっ子なら当然家はそのまま。ふたりっ子ならどちらかが家を相続して、残る一人は預貯金などの現金をもらうという恵まれた家庭がけっこう増え出した。つまり少なくとも団塊夫婦のどちらかは実家の家をそっくり相続して、さらに自分たちの家もあるという状況になる。
「定年後、親を送って、家二つ」という川柳ではないが、最近は空き家の住宅が多くなって問題となっている。退職金でローンを完済したうえに、相続でもう一軒手に入れば、何を無理して夫婦が一つ屋根の下にいるのか、ということになる。

 もう一つの要因も、いかにも現代的だ。高齢化が進み、介護保険制度も導入されて早くも十二年が過ぎた。高齢者施設やシルバーマンションも急ピッチで増えている。一軒家に老夫婦二人で暮らしても、庭の手入れや落ち葉掃きは体力的にキツイ。北国では危険な屋根の雪下ろしや道路の除雪もしなくてはならない。だから、家を処分して有料ホームに入ろうか。でも小さなホームの部屋に二人一緒では、いままで以上に息が詰まる。じゃあ、別々のホームに入ろうか。つまり、妻の多くはホームに入ってまで夫の介護や世話をせざるを得なくなる状況を恐れているのである。

“老後も妥協せず”


 このように定年離婚・熟年離婚を考える妻(夫)たちには、社会的背景がしっかりできている。平均寿命は男七九・九四歳、女八六・四一歳(さらに詳しく言うと、六十歳の平均余命は男二二・七年、女二八・一二年である。──これは長い人生の午後である)。もう間もなく男性は八十歳、女性は九十歳が平均寿命ということになるだろう。栄養状態も悪くないし、健康に気をつける社会の風潮もあって、高齢者の多くは比較的元気である。老後も妥協せず、わが人生を悔いなく生き抜きたい、そうしなくては、という強い思いでいる人々が増えているのも当然だ。

 そのこと自体結構なことで、誰もとがめることはできない。個人の幸福追求権は憲法第一三条で「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」として、個人が尊重され幸福追求権が存在することが保障されている。人生の質、生活の質の向上を求め、個人の幸福を追求する権利とは、私たちがいま課題としているQOLそのものである。QOLは憲法第一三条の目標であり、第一三条そのものだ。すなわち国民の基本的人権がQOLである。

 個人の選択した結婚であっても、それがQOLに反していて、良くないものであると気づいたら、より良いQOLを求めて結婚を解消(リセット)する道が開けているほうがよい。
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