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いま、拠って立つべき“日本の精神” 武士道
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生き方・教養
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第六章 礼 ―― 仁・義を型として表す

『いま、拠って立つべき“日本の精神” 武士道』
[著]新渡戸稲造 [訳]岬龍一郎 [発行]PHP研究所


読了目安時間:11分
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◆礼の最高の形態は「愛」である

 日本人の美しき礼儀の良さは、外国人旅行者の誰もが認めるところである。だが、もし礼が、「品性の良さ」を損なう恐れがあるがために行われるのであれば、それは貧弱な徳といわねばならない。なぜなら、礼は他を思いやる心が外へ表れたものでなければならないからだ。

 それはまた、物事の道理を正当に尊重することであり、それゆえに社会的な地位を当然のこととして尊重する意味も含まれている。しかも、それは金銭上の貧富の差を問うのではなく、いかに人間として立派かを問うのであり、心の価値にもとづく区別なのである。

 礼の最高の形態は、ほとんど愛に近づく。それは私たちにとって敬虔な気持ちをもって、「礼は寛容にして慈悲深く、人を憎まず、自慢せず、高ぶらず、相手を不愉快にさせないばかりか、自己の利益を求めず、(いきどお)らず、恨みを抱かない」ものであるといえる。ディーン教授(アメリカの動物学者)は人間としての六つの要素を掲げ、その中でも礼に人間関係の最高の地位をあたえているが、これはむしろ当然といえるだろう。

 私はこのように礼を高く評価するが、かといって数ある徳目の中で最高位に置いているわけではない。礼を分析してみると、礼はさらなる高位の徳と関係していることがわかるからだ。もともと徳というものは孤立して存在しているわけではない。とくに礼は武人特有のものと賞賛され、本来の価値以上に尊重されているが、それゆえに偽物が生じているようにも思われる。孔子自身も、うわべだけの作法が礼儀ではないことは、音が音楽と同一ではないのと同じことだと繰り返して説いている。心が()もっていなければ礼とは呼べないのである。

 礼儀作法が社交の必須条件にまで高められると、青少年たちに正しい社会的な振る舞い方を教え込むために、詳細な作法の体系がもてはやされるようになることは、当然のこととして予想された。人に挨拶(あいさつ)をする際のお辞儀の仕方、歩き方、座り方など、こと細かな注意が教えられ、学ばされた。
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