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いま、拠って立つべき“日本の精神” 武士道
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生き方・教養
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第十章 武士はどのように教育されたのか

『いま、拠って立つべき“日本の精神” 武士道』
[著]新渡戸稲造 [訳]岬龍一郎 [発行]PHP研究所


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◆最も重視された「品格」

 武士の教育において第一に重んじられたのは、品格の形成であった。それに対して思慮、知識、雄弁などの知的才能はそれほど重要視されなかった。

 すでに武士の教育に美的な価値が重要な役割を占めていたことは述べたが、知性が教養人として欠かせないものであるにせよ、武士の教育の本質からいえば付随的なものだった。知能が優秀なことはむろん尊ばれたが、知性を表すのに用いられる「知」という漢字は、主として「叡智(えいち)」を意味し、単なる知識は従属的な地位しかあたえられなかったのである。

 武士道の枠組みを支える三つの柱は「智」「仁」「勇」とされ、それはすなわち「知恵」「仁愛」「勇気」を意味した。なぜならサムライは本質的には行動の人であるからだ。そのため学問はサムライの行動範囲の外におかれた。彼らは武士としての職分に関係することにのみ学問を利用した。宗教と神学は僧侶や神官にまかされ、サムライはそれらが勇気を養うのに役立つ場合に限って必要としたのである。あるイギリスの詩人がいったように、サムライは「人間を救うのは教義ではない、教義を正当化するものは人間である」と信じていた。また哲学(儒学)と文学は武士の知的訓練の主要な部分を形成してはいたが、これらの学問でさえ、追求されたのは客観的事実ではなかった。文学は暇をまざらす娯楽として求められ、哲学は軍事問題や政治問題の解明のためでなければ、あとは品格を形成する実践的な助けになるものとして学ばれた。
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