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織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで
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歴史
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Q7 信長の家は尾張守護代の重臣だったのか

『織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで』
[著]川口素生 [発行]PHP研究所


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 信長が生まれた天文(てんぶん)三年(一五三四)当時、尾張(愛知県西部)の名目上の支配者は守護(しゆご)斯波(しば)家でした。守護は強いていえば現代の県知事に相当しますが、実際の政務を担当するのは副知事に相当する守護代でした。この頃、尾張では守護代・織田伊勢守(いせのかみ)家(岩倉織田家)が岩倉城(愛知県岩倉市)にいて上四郡(かみよんぐん)丹羽(にわ)葉栗(はぐり)、中島、春日井(かすがい)各郡)を支配し、もう一人の守護代・織田大和守(やまとのかみ)家(清洲(きよす)織田家)が清洲城(愛知県清洲市)にいて下四郡(しもよんぐん)(愛知、海西(かいさい)海東(かいとう)知多(ちた)各郡)を支配していました(太田牛一(ぎゆういち)信長公記(しんちようこうき)』)。
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