読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1271620
0
織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
Q16 斎藤義龍による信長暗殺計画の全貌とは

『織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで』
[著]川口素生 [発行]PHP研究所


読了目安時間:4分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


 稀代(きだい)梟雄(きようゆう)・斎藤道三(どうさん)は、弘治(こうじ)二年(一五五六)四月二十日に嫡子・義龍(よしたつ)に攻められて討死を遂げます。『信長公記(しんちようこうき)』によると、道三は美濃(みの)(岐阜県南部)を娘婿(娘・濃姫(のうひめ)の夫)の信長に譲り渡す(むね)の書状をしたためたといわれます。

 信長はこの書状を奇貨(きか)として連年のように出兵し、美濃国内の内紛に介入しました。このため、道三の生前は良好に推移していた織田家と斎藤家の関係も、一気に悪化します。

 信長のこの軍事介入に、義龍は心底から憤ったようです。永禄(えいろく)二年(一五五九)二月、信長が八十人の家臣を伴って上洛(じようらく)することをしると、小池吉内(きちない)ら三十人を刺客(しかく)として差し向け、暗殺の機会を窺わせます。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:1487文字/本文:1850文字
      この記事を収録している本
      レビューを書くレビューを書く

      今レビューすると30ポイントプレゼント! 今レビューすると15ポイントプレゼント! 犬耳書店で初めてのレビューはさらに30ポイント! ポイント詳細はこちら

      この本の目次