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織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで
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歴史
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Q32 なぜ信長は家康との「清洲同盟」を守り続けたのか

『織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで』
[著]川口素生 [発行]PHP研究所


読了目安時間:4分
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 弱小大名の子に生まれた徳川家康は、幼い頃から尾張(愛知県西部)の織田家、あるいは駿河(するが)(静岡県東部)の今川家での苦しい人質生活を経験します。永禄(えいろく)三年(一五六〇)、信長が今川家の当主・義元(よしもと)を敗死に追い込んだことにより(桶狭間(おけはざま)の戦い/Q51〜Q52参照)、家康(当時の名は松平元康(もとやす))は桎梏(しつこく)を解かれて、居城である三河岡崎城(愛知県岡崎市)に帰国します。翌年には信長と家康との間で和睦が成立しましたが、永禄五年一月にはさらに、両者は同盟を結びます。二人の同盟は締結された場所=尾張清洲(きよす)城(愛知県清洲市)にちなんで、「清洲同盟」と呼ばれます。
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