読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-2
kiji
0
0
1271665
0
織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
Q57 長篠の戦いで信長が用いた鉄炮の数は

『織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで』
[著]川口素生 [発行]PHP研究所


読了目安時間:4分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


 織田信長、徳川家康は、甲斐(かい)(山梨県)の武田家とは信玄(しんげん)の生前から激闘を重ねていましたが、天正(てんしよう)三年(一五七五)五月二十一日に双方は三河設楽原(みかわしたらがはら)(あるみ原/愛知県新城(しんしろ)市)で激突します。この戦いを設楽原の戦いといいますが、一般には長篠(ながしの)の戦いという呼び名で通っています。戦いでは、騎馬部隊の突撃を繰り返す武田方を、信長らが鉄炮で迎撃。結局、戦国最強をうたわれた騎馬部隊は、鉄炮の威力の前にわずか一日で壊滅的打撃を受けました。なお、通常、信長、家康の側は三千挺の鉄炮を投入したといわれていますが、近年はこの数字と射撃法に疑問を抱く研究者が少なくないようです。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:1658文字/本文:1971文字
      この記事を収録している本
      レビューを書くレビューを書く

      今レビューすると30ポイントプレゼント! 今レビューすると15ポイントプレゼント! 犬耳書店で初めてのレビューはさらに30ポイント! ポイント詳細はこちら

      この本の目次