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織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで
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歴史
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Q80 光秀の政権が「三日天下」に終わった理由とは

『織田信長101の謎 知られざる私生活から、「本能寺の変」の真実まで』
[著]川口素生 [発行]PHP研究所


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 現代でも就任したばかりの総理大臣、企業のトップが短期間で退陣、退任すると、「三日天下(みつかてんか)」と評することがあります。よくしられているように、「三日天下」といういい回しは明智光秀(あけちみつひで)と深いかかわりがあります。光秀は天正(てんしよう)十年(一五八二)六月一日夜に、京都への進軍を開始。翌二日未明に信長の宿舎・本能寺(京都市中京区)、それに信忠(のぶただ)(信長の嫡子)の籠もった二条御所(にじようごしよ)(京都市上京区)を襲撃しました(Q77参照)。

 戦闘そのものは、あらかた二日中に終わります。ところが、光秀は同月十三日の日中に山崎の戦いで大敗を喫し、夜に入り小栗栖(おぐるす)(京都市伏見区)で横死を遂げました(Q66参照)。
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