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逆転の人生法則 目からウロコが落ちる87の視点
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生き方・教養
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1 志を立てるのに遅すぎることはない

『逆転の人生法則 目からウロコが落ちる87の視点』
[著]川北義則 [発行]PHP研究所


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  ただ漠然と生きている人がいる。

  目標のない人生というべきか、衣食住のためだけに収入を得て、それで精一杯、あとは何も考えていない。考えるゆとりがないという人たちもいる。

  それも一つの人生には違いないが、これでは海に漂う難破船と同じで、ただ海上に浮いているにすぎない。どこの港へいくでもなく、何を運んでいるわけでもない。目標のない生き方なのである。

  子供のときには誰でも夢を抱く。将来、大きな会社の経営者になってお金を儲けたい、あるいは医者になって世界の貧しい人たちを救いたい――など、その望みはさまざまである。

  だが、子供時代の夢は、たんに漠とした夢である。現実に学校を卒業し、いざ就職となったとき、はたしてどのくらいもちつづけていられるか疑問である。

  電車の運転手になりたかった少年が、あるいは白衣の天使になりたかった少女が、そのままの夢を現実のものとする可能性は少ないだろう。長ずるにつれてそれだけ現実というものがわかってくるからである。したがって少年時代の夢のまま天文学者を志し、大学も地球物理学を専攻し、卒業してからも研究室に残って夢を追い続ける――そんな生き方ができれば、こんな幸せなことはないだろう。

  だが、大部分の人たちは子供のときの夢もいつしか消えうせ、大学も四年生になったとたん、はや、どこがいいかとあれこれ就職先に心が動いていく。もちろん、大学生になってもまだ、自分が何をしたいのか、はっきり目標をもてない人もいる。それはそれでいいだろう。あせる必要はない。

  しかし、とにかくサラリーマンになるのが無難とばかりに、まず有名企業の入社試験をかたっぱしから受験するケースが少なくない。それはもはや就職ではなく就社なのである。何かをしたいという職業選択の目標くらいはもってもらいたい。

  そうでないと、ただサラリーマンになっただけである。

  そして、三十代になっても、目標らしい目標もなく、多忙な毎日に明けくれているようではそれはもう習い性になってしまう。朝夕のラッシュ、ぎっしりつまった仕事のスケジュール、夜はホッと一息ついて同僚たちと飲み屋で一杯――いまさら「俺の人生の目標は……」など青くさいこともいっていられなくなる。だから、自分なりに人生の目標を立てられるのは二十代までだといえる。実生活のアカにまみれるまでである。

  とはいえ、いくつになっても目標を立てるのに遅すぎることはない。ただ、少々、人にバカにされようが、ホラ吹きだといわれようが、でっかい目標をつくって立ち向かうことができるのは二十代の特権といえるだろう。

  人は不思議なことに、どんな大きな目標であっても自分で可能なことしかターゲットにしないものである。「よし、この会社で俺は社長になってやるぞ」と目標を立てたなら、人が何といおうと、それはあなたにとって実現可能なものである。あなたの潜在意識がそうさせるのだ。たとえ、その目標が他人からみて不可能なことであっても、それは他人がそう思うだけである。

  次に目標がどんなに大きくても、なるべくその願いは周囲に広言したほうがいい。ホラを吹いていると思われても、できるだけ多くの人に、自分の目標をいいふらす。そうすることで自分をふるい立たせ、またやらざるをえないところへ自分を追い込んでしまうのである。

  たとえば禁煙を誓うときも、「俺は明日からタバコをやめるぞ」と周囲に広言する。できるだけ多くの人にいいふらすことによって、やめざるをえないように自分を追い込んでしまう方法である。しょせん人間は弱い動物だから、ときにはその意志もくじけそうになることがある。そんなとき、周囲に宣言した手前、そう簡単にはやめられない。大言壮語にはそんな効果もある。人生目標は大いに大言壮語したほうがいい。

  そして、その目標はあまりターゲットを絞りきらないほうがいい。私自身、マスコミ関係の仕事に入ったが、最初は新聞記者になろうと思っていたわけではない。取材して、原稿を書き、それが人の目にふれ、何らかのかたちで人を触発することができる仕事をしたいと漠然とマスコミ関係を志していたところ、たまたま人の紹介で新聞記者になるきっかけをつかんだだけである。最初から、どうしても新聞記者になりたいと、かたくなに考えていたらどうだったろうか。

  ターゲットを狭めてしまったために、新聞記者なら業界新聞でもいいというふうに考えるかもしれない。一般紙の記者になれないからといって、まず業界紙の記者になっていたらどうか。たとえば靴なら靴の業界、株なら株式業界のことにはくわしくなっても、最初の新聞記者になりたいと思っていたころのイメージとはだいぶかけ離れたものになっているはずである。

  だから何につけても目標は大まかでいい、あまり絞りきるとそのことにふりまわされてしまうからだ。そして、人生経験を経るにしたがって、その目標もまた変わっていくことも十分ありうる。人生なんてそんなに堅苦しく考える必要はないのである。



 日本人が長年親しんできた人生設計のヒナ形は「われ三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る」という孔子の言葉だ。これをモノサシにすると、五十歳以後は余生のイメージになってしまう。人生五十年時代はそれでよかったかもしれないが、いまはまったく現実に合わなくなってきている。

 にもかかわらず、このモノサシはまだ使われていて、四十、五十になると気持ちのうえで若さを失ってしまう人が多いようである。だが人生五十年時代の三十歳をいまの八十年時代に直すと約五十歳、四十歳は約六十歳である。つまり孔子の言葉は現代では「五十で立つ、六十で惑わず、八十にして天命を知る」ということになる。

 ふつう志を立てるのは二十代か三十代までで、それより上の年齢になると「もう遅い」と思ってしまうようだが、いまは五十歳近くで志を立てても遅くはないのだ。四十はまだ鼻たれ小僧、いまの時代、孔子の年齢を額面通り受け取るのは、若年寄りの考え方だ。

 それに孔子の言葉は「五十にして天命を知る」でおわっているわけではない。このあとに「六十にして耳(したご)う。七十にして心の欲するところに従えども(のり)をこえず」とある。これは現代では「九十にして耳順う、百にして心の欲するところに……」となるだろう。これが現代の寿命観にあった年齢感覚といえるだろう。

 世間では二十歳で成人とみられているが、心身共に大人の仲間入りをするのは現代では三十歳である。だから人生の本当のスタートは三十からと考えるべきだ。もっとも現実的なのは自分の生理年齢の八掛けくらいを精神年齢と思うことだ。四十歳なら三十二歳、五十歳ならいま自分は四十歳と信じればいい、仙和尚は次のようにもいっている。

 六十歳は人生の花

 七十歳で迎えがきたら「留守」と言え

 八十歳で迎えがきたら「早すぎる」と言え

 九十歳で迎えがきたら「急ぐな」と言え

 百歳で迎えがきたら「ぼつぼつ考えよう」と言え

 飾北斎は七十三歳で「富嶽百景」を描いたとき、その前書きで「九十歳にしてなお奥意を究め、百歳にして神妙ならん、百有十歳にして一点一画にして生きるが如くならん」と自分の志を語っている。人生において「志を立てるのに遅すぎるということはない」(ボールドウィン)というのは本当だ。
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