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安楽死か、尊厳死か
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第四章 癌の告知は自殺の引き金か?

『安楽死か、尊厳死か』
[著]大鐘稔彦 [発行]ディスカヴァー・トゥエンティワン


読了目安時間:24分
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私の身近で起きた自殺は他にもあります。いずれも六十代の男性で、食道癌を患い、手始めに受けた抗癌剤の副作用がひどく、こんなつらい治療を受けるくらいならば死んだほうがましと、縊死を図ったと聞きました。私の患者さんではなく、一人は知人、一人はかつて私が手術した女性(後述)の夫でした。


 

私が医者になった半世紀も前は、癌の告知はタブーとされていました。まるで腫れ物に触るかのように、癌患者には恐る恐る接していたのです。当然、その病室の敷居は高くなります。相部屋に癌患者とそうでない患者が入っていると、前者は疎外感に襲われます。非癌患者はいずれ軽快退院していきますから医者や看護師との会話も弾みますが、癌患者には、癌でもないのにどうしていつまでも食べられないのか、いつになったら食べられるのか、退院はいつ頃できるのか等々、返答に窮する質問を矢継ぎ早に投げかけられるものの、奥歯に物がはさまったような返答しかできませんから、早々に会話を切り上げ、逃げるように病室を立ち去ることになります。


 

実際、胃癌を胃潰瘍と偽って対応していると、ややもせぬうちに患者は疑心暗鬼にとらわれ出し、医者や看護師の顔色をうかがい、その言葉の端々からあわよくば本当のことを探り出そうとします。

退院できない胃癌の患者は末期も末期、死は近いのだから、いろいろ整理しなければならないこと、それなりの心の準備も要ると思われるのですが、彼らの関心事はもっぱら食事の一点張りで、そうこうするうちに貴重な月日はいたずらに過ぎていき、もはや愚痴も出なくなったなと思ったら、口も利けないほど憔悴し切って、ベッドで起き上がることもできなくなっているのです。


 

狐と狸の化かし合いさながら、患者の目をまともに見ず早々に回診を切り上げて患者に背を向けていくのが真の医療だろうか、癌と告げられたら、大多数の医者がそう信じているように、患者は絶望のあまり自殺に走ってしまうのだろうか、という疑念が、医者になって七、八年経つ頃からどうしようもなく私の中に湧き上がり、私を落ち着かなくさせました。


 


癌告知がタブーだった時代

 

癌であれ何であれ、自分の病気を知るのは患者の権利ではないでしょうか?

医者は患者の愁訴を聞き、それが何に起因するのか、持てる限りの知識と経験から探り当て、これこれと診断を得たら、それに対してどういう治療法があるのか、幾つかの選択肢を患者に呈示し、患者の症状、年齢、経済状態、生活環境を考慮した上で最善と思われる方法を進言し、その上で患者が選んだ選択肢に対し全力を注ぐ、それが本来の使命であり、たとえ患者が事実を知って絶望のあまり自殺に走ったとしても、医者が自責の念に駆られる必要はないのではあるまいか─こうした自問自答の果てに、私が出した結論は、癌は告知すべきだ、タブーを破ろう、ということでした。

そのためには、暗然の了解で上意下達がまかり通る旧態依然たる母校の関連病院にいては駄目だ、たとえ小さくとも一国一城の主になって自分の信念に基いたコンセプトで医療をやらなければと思い立ち、折しも求募のあった関東の小さな民間病院の責を担ったのが、一九七七(昭和五十二)年のことです。

当時、一県に一つの割合で建てられつつあった癌センターでも、入院患者はほぼ百パーセント癌患者でありながら癌の告知はタブーとされていました。

「不思議なんだが、うちへ入ってくる患者は等しく、他の患者は皆癌だが自分だけは違う、と思い込んでいるんだよね」

知己を得た上尾癌センターの泌尿器科部長はこう慨嘆(がいたん)していましたが、それは同センターに紹介入院される癌患者の誰一人癌と告知されていなかったからに他なりません。

鉄道の町大宮の西のはずれにあるわずか七十床そこそこの民間病院に約九年勤め、その間に千二百件の手術を手がけましたが、癌のそれは二百二十件、そのうち癌と告知して手術に臨んだのは十分の一の二十件余にすぎません。当時は、本人に知らせるよりも先に、まずは夫なり妻なりの了解を取ることが必要とされました。

癌の告知イコール死の宣告と思い込んでいる人々がほとんどでしたから、その段階で頑なに拒絶に遭い、絶対に本人には知らせないでほしい、わからないようにしてほしいと返されるのがおおかたでしたから、慎重な粘り強いアプローチを経て、ようやくそれだけの癌患者に事実を伝え得たのです。

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