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コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法
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ビジネス
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第九章 大前研一の「ワープする脳」

『コンサルを超える 問題解決と価値創造の全技法』
[著]名和高司 [発行]ディスカヴァー・トゥエンティワン


読了目安時間:20分
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第一部でご紹介したコンサルの基本技は、わかっていてもなかなか現実の問題解決には生かせない、という方も少なくないかもしれない。

そこで、この第二部では、ただのコンサルではない超一流のコンサルのスゴ技をご紹介する。超一流のコンサルとは、すなわち、大前研一さんだ。少しでも大前さんに近づければと、かれの技の本質を分析してみた。

さらには、経営学の巨匠マイケル・ポーターのポジショニング理論と競争戦略にあえて異を唱えてみた。非連続の時代の経営戦略と、脱構造、マインドフルネスまで、ビジネス界の新しい動きをご紹介する。


 


世界最高のコンサルといえば、やはり大前研一さんだ。

私は二十年近くマッキンゼーで世界中のコンサルを見てきたが、大前さん以上の方には出会わなかった。ロジカルパワーやクリエイティブパワーで抜きん出た人物は、ほかにもいた。しかし総合的な技の組み合わせでは、大前さんの右に出るものはいない。マッキンゼーの中で超一流。ということはつまり、世界最強のコンサルだ。

この章では、誠に僭越ながら、その大前研一さんの強さをもとに、超一流のコンサルの技をご紹介したいと思う。


 

大前パワー① 左脳と右脳の連結(ジョイント)力

 

超一流のコンサルには、左脳(ロジカル)と右脳(クリエイティブ)の連結、これが非常に重要だ。どうしても、どちらかに偏りがちだからである。その連結力において、大前さんは突出していた。


 

典型的なマッキンゼーの一流コンサルは、えてして左脳派。たとえばDeNAの南場智子さんなど、マッキンゼー時代、よく「私、右脳がないの。左脳肥大症なのよ」と自虐的に語っていた。真意のほどはともかく、とんでもなくロジカルだったことはたしかだ。

一方、現在、独立して、フィールドマネージメントというコンサルティングファームを経営している並木裕太君は、クリエイティブに抜きん出た、右脳に強いタイプだった。ただし、かれはむしろ、マッキンゼーでは例外的存在。もともとマッキンゼーでは人文系の学歴の採用が少なく、エンジニア系を中心にロジックのタイトさを売りにしていたからだろう。

日本以外のマッキンゼーのオフィスでもそうだ。そこで私が採用担当になったときに、極力、感性や直観力が鋭い学生を採用する方針をとった。並木君はその第一号だ。もっとも、そのときに採用した優秀な社員のほとんどは、一年ほどで、起業家となって巣立っていってしまったのだが……。


 

かといって、右脳だけではダメだ。大前研一さん自身も、原子力の博士号を持った筋金入りのエンジニアだった。だから、もちろんロジックにも非常に強かった。けれども、それ以上に、右脳パワーが人並外れて強かった。実際、右脳の本を翻訳するなど、右脳の研究にも余念がなかった。


 

つまり、重要なのは、右脳と左脳の両方に優れること。それもつながっていることだ。たとえて言えば、左脳と右脳を連結して行ったり来たりできる技があること。

大前さんは、自分の頭の中でそれをしていた。脳の右と左のシナプスがつながっていた、というイメージだろうか。

パフォーマンスの高いマッキンゼーチームは、左脳に強い人たちのなかに、一部、右脳に強い人たちを入れることで、チームとしてのバランスをとろうとする。大前さんは、いわばそれを、自らの頭の中で、凄まじく高いレベルとスピードでやり続けていたわけだ。


 

大前パワー② 森羅万象の連想(コンバージェンス)力

 

『イノベーションのジレンマ』で知られるクレイトン・クリステンセンの比較的新しい本に、『イノベーションのDNA』(原書二〇一一年 邦版二〇一二年)がある。六年の年月を費やして、スティーブ・ジョブズ、ジェフ・ベゾス(アマゾンCEO)、アラン・ラフリー(P&G前会長)などに代表される革新的な経営者二五人と、三五〇〇人を超える起業家を分析したものである。

クリステンセンによると、イノベーションを起こす能力は、次の五つのスキルに集約されるという。

│「質問力」「観察力」「実験力」「人脈力」、それらを「関連づける力」│

うれしいことにかれは、それらは決して先天的なものではなく、後天的に育成できると語る。そして、その能力の開発手法を、その本の中で、具体的に示しているわけだが、それはともかく、このフレームワークを使って、大前さんの技を解読してみると、最初の四つは当然だとして、特に大前さんが優れていたのは、五つ目の「関連づける力」(コンバージェンス力)だったと私は思っている。

一般には別ものとして分類されるAとBをつなぎ合わせる力。連想力といってもいいだろう。大前さんの手にかかると、まったく別の事象が、面白いほどつながってしまうのだ。

│イノベーションの原理│

「関連付ける力」には、その前提となる「知覚力」が重要だ。すなわち、違う種類のものの中に共通点を見つけ出す力。そして、この「知覚力」をもとに違う種類のものを「関連付け」て、新しい事象を発見するのが、イノベーションの第一歩だ。

経済学者のシュンペーターはかつて、違うものが合わさったときにイノベーションが生まれると看破した。いわゆる「新結合」だ。しかし、単に新しいだけでなく、異質なもの同士でなければ意味がないので、私は「異結合」と呼んでいる。大前さんの頭の中では、その異結合がつねに創発されていたのである。


 

私はその秘密を、入社して早々に目の当たりにすることになる。

その頃、私は、他の新人たちとともに、当時、大前さんが連載を持っていた『PRESIDENT』の記事のための素材集めを仰せつかっていた。

当時、マッキンゼーには、世界中のコンサルたちから集まる最新の問題解決の成果を集めたフライヤーのようなものがあった。記事をたくさん出せば出すほど社内での知名度が上がるので、みな、ここぞとばかりに、これはすごいぞ、という成果を寄せてきていた。

大前さんはそれらをかき集めて、たとえば私に、「君、このなかに、サステナビリティ(持続可能性)という観点から面白いものないかね」などと尋ねるわけだ。私は、それを集めて、かれに渡す。すると翌日には、当時の私なんぞ到底想像すらできなかった記事ができあがっている、というわけだった。

最近でいえばたとえば、ウーバーなどのシェアードエコノミーの話、ブロックチェーンとセキュリティの話、そして高齢化による医療費の高騰問題。この三つをまとめると、ベーシックインカム(最低限所得保障制度)はこのように実現できる、といった具合だ。三つの全然違う業界の話が、大前流に料理され、ひとつの現象として語られていくのである。


 

考えてみれば、世界中のマッキンゼーの人が解いている最新の問題が、かれのところに全部集まって、そこから話を組み立てるのだ。しかもその組み立て方が秀逸なのだから、面白くないわけがない。

ひとつひとつの材料が世界水準。それらを大前さん一流のコンバージェンス力が統合するわけだから、まさにミラクル。

普通の人からすると、ひとつの話だけを聞いていても十分に面白い話題が三つも重なってくるのだから、とんでもなくすごい世界に見えてしまう。これぞまさに、大前マジック。

それを毎月連載でやっていたのだから、すごいものだ。

│常識的ではないところに答えを求める│

では、その「関連付ける力」のコツは何だろう? 

ヒントは、常識的ではないところに答えを見つけようとすることにありそうだ。無理矢理でもいいから、普通とは異なる仮説を打ち出すこと。少なくとも、大前さんはそうしていたように見えた。

例を挙げてみよう。

大前さんの手にかかると、たとえば、製造業と金融業の知恵を掛け合わせることで、次世代の産業を考えることも可能になる。


 

企業の収益でありGDPの源泉でもある「付加価値」は、インプットとアウトプットの差だ。原料から製品を作り出す製造業を見ればよくわかる。では、金融業の付加価値とは何か? 単に人のお金を右から左に動かしているだけじゃないか? 

─こんな問いがあったとする。大前さんだったら、どうするか?


 

もしそうだとしたら、金融業を、右から左にお金を動かすだけではないものに変えてしまえばいいのでは? たとえば、リスクを分散させる保険機能はそのひとつだが、保険以外にもっと何かないだろうか? 

─こんなふうに、常識的ではないところに、答えを見出そうとするのである。

でも、どうやって?

それを探るためには、製造業がどのようにして付加価値を出しているかを見てみる。すると、製造業では、素材力、加工力、組立力、そしてその前提としての設計力がカギであることが見えてくる。

それらを金融業に当てはめるとどうなるか?

金融の新規サービスを考えるにあたって、製造業の人たちも交えて議論するのだ。そうやって、金融の面白い付加価値論が生まれてくる、というわけだ。


 

もちろん逆もある。金融の人たちから見ると、製造業には、もっとレバレッジをかけられるところがいろいろある。たいていは自前で物を作りたがるが、自分たちのように、もっと他人の資産を使ってもいいのではないか? そのような発想から、ファブレス(製造外注)やファブライト(一部のみ自社製造)などといった新しい業態が生まれてくる。


 

コンサルティングにあたって、大前さんが実際に、金融業の人たちと製造業の人たちの議論の場を設けたわけではない。大前さんは、このような議論を、ひとりで自分の頭の中で行ってしまう。引き出しが多いからだ。同質ではないバラエティを持っていることの強み。ジェネラリストであることの強みだ。

│π(パイ)字型人材のススメ│

マッキンゼーでは、古くから、T字型コンサルが求められてきた。ひとつのスパイク(専門分野)を持ちながら、横に広がる幅の広さを持つ人材である。

これに対して、大前さんはπ(パイ)字型の必要性を説いていた。複数のスパイクを持てというのである。たとえば、製造業にも詳しいし、金融業にも詳しい、といった具合に、専門分野を複数持つ人材だ。

言い換えれば、複眼思考のすすめである。それによって、物事を立体的に見ることができる。そこからイノベーションが生まれる。

大前さんが去ったあと、マッキンゼーは、金融の専門家、製造の専門家など、専門化に走り始めた。そのような専門家集団からは、真にイノベーティブな発想が生まれるのだろうか。


 

大前パワー③究極からの逆算(バックキャスティング)力

 

大前さんのすごいところのもうひとつは、時間軸の動かし方だ。

未来を正確に予測することは、誰にとっても難しい。「VUCA(Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性)ワールド」と呼ばれる今日の非連続な環境においては、明日を予測することも困難だ。


 

けれども、究極どうなるかについては、正しく物事の本質をつかんでいる人なら、かなりの確率で予測できる。どのようなプロセスをたどるかを、正確に予測することは不可能だが、究極まで行ったときにどうなるかについては、じつはさほど議論の余地はないのだ。

たとえば、ガソリンエンジンは、いずれはなくなる。それは、みんなわかっている。問題は、それがいつなのか、ということだ。

明日どうなるかを無理やり読もうとしても、それは思い込みでしかない。そうではなく、究極(ここでは、ガソリンエンジンはいずれなくなる)から逆算すれば、より大胆な発想が生まれてくる


 

ある情報通信企業のプロジェクトに大前さんといっしょに入らせてもらったときに、それを身をもって知ることになった。一九九〇年代の前半、インターネットが商業化される数年前のことだ。

私の担当は、非電話事業。まだ「電話にあらずんば、人にあらず」とでもいった時代のこと、クライアントの主流派は誰も関心を持っていない分野だった。インターネット前夜のシリコンバレーの最新動向をレポートしても、「笛吹けど踊らず」状態が続いた。


 

そこで大前さんが投入してきたのが、東大の数学科出身のコンサルタントだった。かれは、大前さんの指示により、「いずれ電話はなくなる」という分析を、たった一枚のチャートにまとめた。

電話の需要は、確実に右肩下がりとなる。二〇三〇年なのか、二〇五〇年なのかは別にして、いずれ確実に「電話がなくなる日」がやってくる。それを、横軸に時間、縦軸に需要を対数表示でとった直線グラフで示したのだ。電話事業は確実に地面にぶつかることが見てとれた。


 

クライアントの幹部の間では、電話は残るとか、少なくとも今後数十年は大丈夫だなどという議論が飛びかっていた。それに対して、大前さんは、そのたったひとつのグラフを前に、「いずれ電話はなくなって、全部データ通信に化けます」と言ってのけたわけだ。

当時のテレビ電話も、いまで言うスカイプのようなものに取って代わられていく。長距離電話や国際電話も、いまで言うラインやメッセンジャーに代わっていく、と。


 

その一枚のチャートを前に、みんな黙った。そして、ようやく、結局そうなるのであれば、いまから何をしておくのかという話に入っていくことができた。このときを境に、同社の事業全体が、どんどんインターネットにシフトしていくようになったのである。

あれから四半世紀後の二〇一八年現在、同社の収入に占める電話料金収入のシェアは二〇%にまで下がっている。かつての本業が五分の一にまで縮小しても、データ通信に軸足を移すことで、いまなお、隆々と成長し続けているのである。

│大前流「ずらし」のテクニック│

究極の姿を示すことで、勝負がつきやすくなる。迷いが吹っ切れるからだ。ここでの大前マジックのポイントは、現在の延長線上ではなく、究極の時点から逆算しようというものである。

これは、誰にでもできそうでいて、なかなかできない。つい、手前のことが気になってしまうからだ。たとえば、人工知能(AI)が人間の能力を超える「シンギュラリティ」(技術的特異点)の到来は、時間の問題だ。わかってはいても、ロボットが人間のレベルに達するのはまだまだだ、という声も大きい。シンギュラリティは来ない、という本も売れたりしている。

人は、見たことがないものは信じられない。未知なモノを避け、いまのままでいようとする。行動経済学では、これを「現状維持バイアス」と呼ぶ。そのような「陥りがちな発想の落とし穴」を避けるためにも、究極から逆算することが効果的なのである。


 

この「究極から考える」というのは、大前さん一流の「ずらし」のテクニックだ。そして、この「ずらし」は、ここまで挙げた三つの大前マジックに共通する。

最初の左脳のロジックを右脳のクリエイティビティでワープさせるのは「脳内ずらし」だし、次の、異なる業界を並べて連想ゲームを行うのは、「空間軸」でのずらし。そして、究極から逆算するのは、「時間軸」でのずらしだ。

言い換えれば、大前さんは、いま目の前に見えているものだけで判断しないように、視点のなかに、空間的な広がり、時間的な広がりを持ち込んでいるのだ。


 

七〇%の三乗の錬金術

 

大前さんは、マッキンゼーの中でも、世界のトップのひとりとして、みなに尊敬されていた。ロジック一辺倒の集団の中で、大前さんの発想は新鮮だったし、何より、かれが「予言」することの多くが、実際に現実になっていったからだ。あたかも世の中が大前さんの話を信じて動いていくかのようだった。


 

大前さんについて面白い逸話がある。かれと仲のよかったオムロンの創始者の立石一真さんが、よく社員を前に言っていたそうだ。

「大前先生の話をよく聞け。奇想天外のように見えて、本質的に正しいことをおっしゃっている」と。そして、すかさずこう付け加えることも忘れなかった。「ただし、あれを鵜呑みにするな。二〇年先だと思え。いま、あのとおりやると間違うからな」

たしかに、大前さんの話にはやや極論が多い。常識的な人たちなら到底発想しそうにないところに飛んで、発想する。それが、大前さんのスーパーたるところなのだから、当然と言えば当然だが。


 

ただし、極論だから、一〇〇%正しいわけではない。

たとえば、ひとつひとつの話が、七〇%ぐらい正しいとしよう。七〇%であれば、なるほどもっともらしいということになる。ところが、大前さんは、先に述べたように、そのような話を三つぐらい連結(コンバージェンス)させてしまう。すると、七〇%の三乗で、三題噺の確率はかなり低くなってしまう。成功の確率は、じつは三分の一にすぎないのだ。にもかかわらず、かれの予想の多くが、結果として、現実のものとなっていったのは、どういうことか?


 

もし、これがスティーブ・ジョブズだったら、自分でやって、現実のほうを自分のビジョンのとおりに変えてしまう。「現実を歪曲してしまう魔術」を持っているといわれる所以だ。

しかし、大前さんはコンサルだから、自分でやるわけではない。やるのは、クライアント企業の人たちだ。三分の一でしかない成功確率の仮説を、クライアントに信じてやってもらわなければならない。そのために、みんなをその気にさせる。

実際、大前さんは、みんなをその気にさせることに長けていた。みんながその気になって行動してしまうので、結果として、かれの仮説どおりになっていったのである。


 

「未来を予測する最善の方法は、自らそれを創り出すことだ」とは、パーソナルコンピュータの父として知られるアラン・ケイの名言である。スティーブ・ジョブズは、自社の商品を通じて未来を創り出した。大前さんは、クライアントをその気にさせて、未来を創り出したのである。

│「その気にさせる」大前パワー│

ジョブズと大前さんに共通するのが、説得力のある話術だ。ジョブズは、プレゼンテーションの場で、アップルの商品が新しい顧客体験を実現することを、巧みに語りかけた。大前さんのプレゼンテーションも、相手をその気にさせる不思議なパワーを放っていた。

先ほどの情報通信企業の例でも、クライアントの社長をすっかりその気にさせてしまった。「あなたが本気でインターネットの方向に動けば、日本全体が動きます」と迫ったのだ。そして事実、そのとおりになっていった。

その意味では、大前さんが、通信の分野で日本がそれ以上ガラパゴスになるのを防いだと言っても過言ではない。「歴史秘話ヒストリア」ではないが、大前さんの知られざる国家的功績だったと言ってもいいだろう。


 

日本が世界の頂点を目指すうえでも、大前さんの功績は大きかった。日本に利益誘導するようなことはしないものの、日本がこの先、どうあるべきか、というようなことについては、つねに考え続けていた。世界の最先端を知り尽くしつつ、さらにその先を究めようとしていた。

それは、世界一精度の高い最新の情報が集まるマッキンゼーと、最高のプロセスマシーンである大前さんが揃ったからこそのことだったと思う。どちらが欠けても、あれほどのアウトプットは出せなかっただろう。

まさに、マッキンゼーを凌ぐ「大前エンジン」! 世界広しといえども、あれだけフル回転していたエンジンはなかったと思う。

│鏡のマジック│

大前さんに主導されて、いい会社になった会社はたくさんある。ただ、どちらかというと、先に挙げたオムロンのように創業者一族のいるオーナー系企業が多かった。おそらく、一般の大企業のサラリーマン社長にとっては、大前さんのパワーはあまりにも強烈だったのだろう。そもそも失敗したら自分の地位が危うくなるわけだから、そんなにリスクはとれない。

もっとも、大前さんに言わせれば、リスクをとらないことこそが、最大のリスクなのだが。そのように迫られるものだから、大前さんを煙たがっていた気の弱いトップも少なくなかった。

そんななかで、先の情報通信企業の当時のトップは別格だった。ここではK社長と呼ぼう。Kさんほど大前さんの話をちゃんと真面目に聞いてくれる懐の広い経営者は、大企業にはそうそういなかった。

大前さんがどのようにしてK社長を動かし、この企業、ひいては日本の通信業界を動かしたのか。その「歴史的な瞬間」に居合わせた私は、じつに幸運だったといえよう。

どんな場面だったかというと─


 

究極的には電話はなくなる、ということは認めざるをえない。しかし、社長が号令をかけても、社員はみんな、本気で変わろうとはしなかった。そこで、ふだんは滅多に怒ることのないK社長が、語気を荒げて幹部を諫めた。

「なぜみんな、電話にしがみついているんだ! いい加減にしろ!」

そして、横にいた大前さんにこうこぼした。

「どうして、みんな面従腹背なのだろう」

すると、なんと、大前さんは、

「問題の根源はこれです」

そう言って、両指で鏡の形を作って、K社長の顔の前に差し出したのだ。

つまり、社長、あなたが問題だ、と。


 

私は椅子からずり落ちそうになるほど、仰天した。日本を代表する大企業のK社長に……。いくらなんでもやりすぎでは? せっかくうまくいっていたのに、これですべて水の泡か……。

Kさんはとても懐の深い方なので、「そうか、俺か」と言って黙り込んでしまい、その場は、それでお開きになった。

私は下っ端なりにも、プロジェクト自体が終了することになっても仕方ないとまで思っていた。


 

しかしなんと、その後、大前さんとKさんは二人で、Kさんの故郷に旅に出たという。そこの温泉に二人でつかって、どうしたらいいか、俺に何をしろというのかと、腹を割って、じっくり話し合ったそうだ。

K社長は、旅行から帰るとすぐに、「当社はこれからマルチメディア屋になる」と宣言、社内には、「電話をやるやつは墓守になる覚悟を持て」とまで言い放った。それは奇しくも、インターネットが商業化される前夜の年だった。


 

先に書いたように、非電話事業部の私の担当のところには、それまで主流派の社員はいなかった。ところが、その宣言の翌週には、トップクラスの社員が一〇〇人単位で雪崩を打ったように押し寄せてきた。

流れが完全に変わった。日本そのものが大きく電話からインターネットにシフトし始めた瞬間だった。そして、それをあと押ししたのが、大前さんだった。K社長に対して、断固とした決断を迫った大前さんの捨て身の技だった。


 

当時、この企業は、東京のマッキンゼーの売上の多くを占めるトップクライアントだった。よほど本気でこの会社を変えようと思わなければ、そのクライアントの社長に対して、言えない台詞だったはずだ。少なくとも、自分やマッキンゼーを守ろうと思ったら、禁じ手である。

大前さんは、そこをあえてやってのける度胸もある人だった。


 


【この章のまとめ】

・世界最強のコンサル大前研一氏の三つのパワー


 右脳と左脳の連結力、森羅万象の連想力、究極からの逆算力


 いずれも「ずらし」の力でもある

・大前研一氏はまた、相手をその気にさせる名人でもあった


 その結果、かれの予想どおりになった。未来を創り出していたのだ


 


*ウーバー(Uber)

自動車配車ウェブサイトおよび配車アプリ。さまざまな用途で手頃に利用できるだけでなく、自身がドライバーになり空いた時間で副収入を得ることもできる。


 

*ブロックチェーン

分散型台帳技術、または、分散型ネットワーク。ビットコインの中核技術を原型とするデータベースである。

ブロックと呼ばれる順序付けられたレコードが連続的に増加するリストを持つ。理論上、一度記録すると、ブロック内のデータを遡及的に変更することはできず、自律的に管理される仕組みになっている。


 

*ベーシックインカム

就労や資産の有無にかかわらず、すべての個人に対して生活に最低限必要な所得を無条件に給付するという社会政策の構想。

かつて一九六〇~七〇年代、欧米で議論が展開されてきたものが、再び、AI等によるいっそうの格差の拡大への対策として、議論されるようになってきている。


 

*レバレッジ

「てこ(レバー)の原理」を意味する。経済活動において、他人資本を使うことで自己資本に対する利益率を高めること、または、その高まる倍率。


 

*技術的特異点

シンギュラリティ(Singularity)とも言われる。人工知能により、技術が持つ問題解決能力が高度化し、人類から、人工知能やポストヒューマンが文明の進歩の主役にとって代わるタイミングで、二〇四五年頃に到来するとの説(レイ・カーツワイル)が有力視されることが多い。


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