『ビッグクエスチョンズ 脳と心 (THE BIG QUESTIONS)』
[著]リチャード・レスタック
[翻訳]古谷美央
[発行]ディスカヴァー・トゥエンティワン
ハチドリは花の場所と、最近いつその花を訪れたかを覚えていて、その情報を手がかりに将来の行動を決めている。また、霊長類、ラット、カラス類(カラスやワタリガラス、カケス)、タコは、程度の差こそあれ将来を見通して計画を立てる能力をもっている。
彼らが立てる将来計画と、私たちが立てる将来計画との間には量的な差しかない。動物が見通す将来とは、数秒から1シーズンほどの期間であって(リスは冬の到来を「予測」して木の実を集める)、私たちヒトは一生にまたがる計画を立てることができる。地理学者の段義孚(イーフー・トゥアン)は以下のように述べている。
ヒトとは生まれつき、現実をそのまま受け入れることをよしとしない動物である。ヒトは……そこにないものを「見る」という並外れたことをやってのける。そこにないものを見る力こそが、ヒトのすべての文化を形作る礎である。
心の中で未来に身を置いてみるとき、私たちは脳の前頭前野と前頭葉を使っている。脳の最前部に位置する、他の生物と比べて著しく発達しているこの領域が、ヒトの脳を特別なものにしている。この領域が主に担うのは、つぎの4種類の制御である。
―実行制御(Executive control)
これこそ、私たちと他の霊長類とを決定的に分かつ機能である。私たちは、自分たちの行動の長期的な結果を予測できる(「所得税をごまかすと、いつか監査に選ばれたときにバレてしまうかもしれない」など)。私たちは、周囲の反応を観察、予想できる(「妻は私が義母のことを批判すると機嫌が悪くなるから、止めておいたほうがよさそうだ」)。
それどころか、自分たちの今の行動が次世代やその後の世代にどのように影響するかまで見通すことができる。
すべてのヒトの前頭前野や前頭葉が同じように発達しているわけではないため、すべてのヒトが同じように未来を見越して賢い意思決定をできるわけではない。多くの人は今ここだけを見て生きていて、その意思決定は衝動的であり、長期的な利益よりは目先の利益を重視した選択をする。
刑務所や裁判所には、そういった、自身が犯罪を行った結果を見通すことができなかったヒトであふれている。ゆえに、ヒトの脳の特殊性について論じるときには、ヒトの脳をヒトの脳たらしめる特殊性が、私たち全員で同じように発達しているとは考えないことが重要だ。
―展望記憶(未来記憶、Future memory)
奇抜なネーミングだが、その概念は比較的単純なものである。ルイス・キャロルは、その要点をこう表現している。「逆方向にしか働かない、貧弱な記憶」。つまり、展望記憶とは、将来の目標を今の心の中に留めておける能力のことだ。