読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1274077
0
人生談義
2
0
0
0
0
0
0
ルポ・エッセイ
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
運命というもの

『人生談義』
[著]松下幸之助 [発行]PHP研究所


読了目安時間:4分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


 お正月を迎えるのも、九十三回目となりますな。ぼくは生まれつき蒲柳(ほりゆう)(たち)でしてね。長じても医者の手をわずらわすことが多く、こんなにまで長生きできるとは思いもよりませんでした。ほんとにありがたいことです。これにはやはり、自分の意志や力を超えた運命とでも呼ぶしかない大きな力の働きを感ぜずにはいられませんね。


 自分には運がある

 ぼくは運のいい人間だと思いますよ。

 電灯会社へ入る前に、セメント会社の臨時雇いとして働いていたことがあったんです。トロッコを押したり、セメント袋を運んだりしましてね。

 仕事に行くのに築港から埋め立て地まで船で通ったんですが、あるとき、船べりに腰をかけていたら、そばを通った船員が足をすべらして海へ落ちたんです。そのとき、船員が抱きついたもんだから、ぼくも一緒に落ちてしまった。ぼくは泳ぎはあんまり知らないけれど、浮くぐらいはできる。二、三メートル沈んで浮かびあがると、船はずいぶん先まで行ってしまっている。無我夢中になって手足をバタバタしていたら、船がずーっと戻ってきて、二、三分後に引きあげてくれたんですわ。夏だったからよかったけれど、もし冬だったら死んでいたでしょうな。

 それから、独立して商売を始めたばかりの頃、よく自転車に製品を積んで配達にまわっていました。ある日、四つ辻で急に自動車が飛び出してきて、ぼくは自転車ごと突き飛ばされてしまった。飛ばされたところが電車道です。積んだ荷物は散らばるし、自転車はグシャグシャ。そこへ電車が来たのですが、二メートル手前で止まってくれた。“やられた”と思ってそろそろと立ち上がってみると、全く不思議、かすり傷一つないんです。あれだけ強くぶつかったのに、と自分でも信じられませんでした。

 不思議なもんですね。だからぼくは、海で助かったときも交通事故にあったときも、“自分には運がある”と思いましたね。そして、運があるなら、ことに処して自分はある程度のことはできるぞ、というように何げなく考えたのです。つまり、仕事をする上でいろいろむずかしい問題が出てきますね、そんなときでも、自分は運が強いのだから、何とかやり遂げられるだろう、といった信念を持つようになったのです。これも、海に落ちたり、自動車にぶつかったりしたことを不運だと思わず、運がよかったと考えたからでしょうね。


 積極的なあきらめ

 ぼくは自分で独立して電気器具製造の事業を始めて七十年になりますが、自分の意志だけで事業を始めたのかというとそうはいえない。自分の意志以上に、何か見えない大きな力、運命の力というべきものがあってこの事業を始めたのだ、と感じてきたのです。ですから、非常な困難に直面したこともたびたびありますが、ぼくの意志は基本的に動揺しなかったですね。

 もちろん、個々の問題については、ときに自分の気持ちが動揺し、心配もしました。晩に眠れないということも、今日までの過程には再々ありました。けれども、そこまでいきつくと、そのつぎに生まれるものは何かというと、いや、これは自分の運命だ、自分はこういうように生まれついているのだ、だから、これよりほか仕方がない、これで倒れれば仕方がないのだ、というような、あきらめというか、そういうものがぐぐっと生まれてきたのです。それで勇気も出て、動揺もおさまって、さらに仕事に没頭することができたと思うのですね。ぼくは常づねそういうことを感じてきたわけですよ。


 努力と運命

 運は努力によって生み出すもの、と言う人がいますね。そういう見方も大事だとは思いますが、運があるからこういう成果があがったのだという見方も非常に大事だと思いますよ。つまり成功して順調にいっているときは運がいいのだと思い、困難なときは自分のやり方がまずいからだと考える。そういう考え方をした方が自分を御していく上において楽ではないか、とこう思うんです。

 人間というものはともすれば、うまくいったら自分の腕でやったと思いがちですね。それがおごりに通じる。それでは具合が悪い。だからうまくいったのは自分の運がよかったのだと考えたらいいし、また事がうまくいかないときは運がないと思わず、腕がないと思う。そうすれば、自分の腕を上げなければならないと考えますわな。

 ぼくも幸いにして成功した部類に入るのかもしれませんが、これは自分の力ではない、運のおかげである、自分も努力をしたけれど、その努力はせいぜい一割か二割で、大部分は運のためである。そう考えて、あんまりえらそうなことを言ったらあかんと、こう思っているのですよ。

 ただね、そのときどきでは懸命にやってきた。いま考えても「よくやったな」と自分で自分の頭をなでてやりたい気持ちになれる、それが自分にとって幸せなことだと思いますね。
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:1967文字
      この記事を収録している本
      レビューを書くレビューを書く

      今レビューすると30ポイントプレゼント! 今レビューすると15ポイントプレゼント! 犬耳書店で初めてのレビューはさらに30ポイント! ポイント詳細はこちら

      この本の目次