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KGBが日本を狙う 情報戦略なき国家
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政治・社会
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まえがき

『KGBが日本を狙う 情報戦略なき国家』
[著]古森義久 [発行]PHP研究所


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 日本国が発行した旅券がなければ、私たちは海外を旅行できない。日本という国の一員であることをまず証さなければ、どこの国でも国際社会の正当なメンバーとは認めてくれない。


 このごく単純な事実が示すように、いまの世界の最も基本の構成単位は国家である。逆に個々の人間からみれば、いまの世界で人間の集団として最高の単位は国家である。国と国とが寄り集まってつくる国連とか同盟とかのきずなはもっとずっとゆるやかであり、しょせんは離合集散が絶えない。


 みずからの意思を表明し、みずからの選択で行動する独立国家、主権国家、それが集まって形成されるのがいまの世界である。主権国家はみずからの頭脳を持ち、目、耳、鼻を有し、手足を持っている。いわばひとりの独立し、成人した人間である。


 だが、日本ははたしてそうした機能や特質をきちんと持つ、バランスのとれた国家なのだろうか。完全に独立した人間がみな持つ機能、つまり感じる、考える、走る、動く、身を護る、語る……といった思考や行動の能力を自前で有しているのだろうか。


 ソ連のスパイだったレフチェンコ元KGB少佐の事件をずっと追って報道するうちに、何度も感じたのがこの疑問だった。

「国家」という言葉は私たち日本人の多くになおある種の忌避を感じさせる。国家が国民を抑えつけた戦前の暗い歴史が連想されるからだろう。


 だが主権在民の、自由な民主主義のいまの日本では、国家はすなわち私たち自身である。国民こそが国家をつくり、そのあり方を決め、実際に動かしていくのである。国家のいまのあり方がいやなら、選挙という方法でいつでもそれを変える自由を私たち国民は持っている。


 国家は私たち国民の意思を体現する自治組織である。国家という枠がなければ、私たち個人の生活も成り立たない。国際社会ではそうした自治組織が思い思いの利害をこめてぶつかり合い、手をつなぎ合う。どの国家も自主独立だから、原則として他に干渉も介入もしない。そのかわりに他の世話もしない。自分のめんどうは自分でみなければならない。人間社会の原則と同じである。みずからの安全も福祉も独立もみなみずから守っていかねばならない。


 この国家の基本機能のなかのひとつは、情報に関するそれである。


 一片の情報が国の運命を左右しうる。そうした実例は枚挙にいとまがない。


 国の安全や基本利益を守るには、一定の情報の秘密を守る。国の安全や基本利益を守るには、逆に一定の情報を敏速に正確につかむ。これは国家が国家である限り、不可避の任務である。だが、この情報に関する国の機能が日本の場合きわめて特異である。国民の対応も諸外国とは異なっている。その特異性は国家の国家たる要件に欠けるのでは、とも思えるほどである。


 このへんの実態をソ連の対日工作を中心に考えてみたいと願ったのが、この書の最大眼目である。KGB(国家保安委員会)の対日謀略を起点として、戦前、戦中のソ連が日本をどうみていたかにもさかのぼっている。


 具体的な内容は『毎日新聞』はじめ『文藝春秋』『中央公論』『諸君!』などで、この一年ほどの間に私が報道し、論評してきた記事、論文類を基盤としている。


 この書では光をソ連の対日政策、対日工作にまず当ててはいるが、核心はあくまで国際社会での日本という国のあり方、日本という国の国益の考え方への問題提起である。国あるいは国益という、私たちが顔をそむけたままでは決して生きられない基本命題をもう一度、原点からみんなで考えてみたい。そうした願いがこの書の執筆の原動力となったと言ってもよい。


 出版にあたってはPHP研究所の真部栄一、尾崎みちる両氏の適宜な助言がとても心強い激励となった。



 一九八四年三月

古森 義久

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