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懐かしい「東京」を歩く
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ルポ・エッセイ
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「柏木の閑居」

『懐かしい「東京」を歩く』
[著]森本哲郎 [発行]PHP研究所


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 大町桂月(おおまちけいげつ)──といっても、いまでは知る人も、そう多くはあるまい。だが、明治・大正期には詩人、のちに評論家として大いに文名を()せた文筆家である。漱石より二歳下だが、漱石も彼には一目を置いていたらしく、『吾輩は猫である』の主人公苦沙弥(くしやみ)先生に、こう言わせている。

 夏の暑い午後、苦沙弥先生、「手拭と(シヤボン)を以て飄然(へうぜん)と」洗湯(せんとう)へ出かける。いったい、洗(銭)湯とはどんなところなのだろうと、猫の「吾輩」が、好奇心に駆られて覗きに行って見るのだが、あまりの奇観に(きも)をつぶし、ほうほうの(てい)でもどってくると、苦沙弥先生はすでに帰っていて、「湯上(ゆあ)がりの顔をテラ/\光らし」ながら晩めしを食っている。そして、給仕をする細君を相手に、やたらと駄弁を弄しているのだが、どういうわけか、飲めもしない酒を、「もう一杯」、「もう一杯」と無暗(むやみ)に口にする。「苦しくなるばかりだから、おやめなさい」と、細君がとめても、顔を「焼火(やけひばし)(やう)に」ほてらせた苦沙弥先生、一向に言うことをきかず、細君に反論する。

 そこに桂月の名が、以下のごとく引き合いに出されるのである。

「なに苦しくつても(これ)から少し稽古するんだ。大町桂月(おおまちけいげつ)が飲めと()つた」
「桂月つて何です」さすがの桂月も細君につては一文(いちもん)の価値もない。
「桂月は現今一流の批評家だ。(それ)が飲めと()ふのだからいゝに(きま)つて()るさ」
「馬鹿を(おつ)しやい。桂月だつて、梅月だつて、苦しい(おもひ)をして酒を飲めなんて、余計(よけい)な事ですわ」
「酒(ばか)りぢやない。交際をして、道楽をして、旅行をしろといつた」
(なほ)わるいぢやありませんか。そんな人が第一流の批評家なの。まああきれた。妻子のあるものに道楽をすゝめるなんて……」
「道楽もいゝさ。桂月が(すす)めなくつても金さへあればやるかも知れない」
「なくつて仕合(しあは)せだわ。今から道楽なんぞ始められちやあ大変ですよ」


 と、まあ、ざっと、こんな調子である。

 岩波版『漱石全集』のによると、大町桂月が雑誌『太陽』の文芸時評で、漱石を評して、「少し陰気にして、真面目(まじめ)にして、胃病(ゆゑ)に、一層神経質となりて、猫を友に、一室にとぢこもり、ジヤムの味を解して、酒の(おもむき)を解せず」と書いたのを受けて、こんな会話に仕立てたもの、というが、たしかに桂月には「道楽の趣」を論じた一文がある。「人生は趣味(なり)」と題した文章である。

 彼によれば、「人生を悲観することに、快感を得るならば、それにて()なれど、(これ)に苦痛を覚ゆるならば、()(らく)に転ずるの方法を考へよ。他なし、人生に趣味を感ぜよ。
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