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幕末・長州に吹いた風
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ルポ・エッセイ
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2 筆のあと

『幕末・長州に吹いた風』
[著]古川薫 [発行]PHP研究所


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歴史を動かした遺書



 遠く顔真卿、()(とう)()に心を寄せた吉田松陰もまたその二人と同様、強烈な自己主張の末に非業の死をとげた烈士である。


 松陰は、死に臨んで『留魂録』一通を書き遺した。それは安政六年(一八五九)十月二十六日、江戸伝馬町の牢内で書きあげた遺書である。


 その翌日、評定所で死刑の判決を受け、即日処刑された。死を予感した松陰が、大急ぎで書きとめたものだが、文脈の乱れはまったくなく、冷静に整然と門下生に与える最後の言葉が述べられている。


 萩の松下村塾で教えていたころ、松陰は塾生たちに呼びかける文章に必ず「諸友に告ぐ」といった標題を掲げたものだった。松陰にとって門下生は「弟子」であるよりも「友」であり、師弟愛というより友情の連帯のなかで、一人ひとりに親しく接しようとした。


 そうした松陰の意識は『留魂録』にもよくあらわれている。教えるのではなく、訴える調子で、しかもやはり諄々と説き、諭すのである。松陰が発揮した感化力の秘密は、そういうところにあったのかもしれない。

『留魂録』の執筆にかかったのは、十月二十五日で、翌日の夕方に書き終った。


 薄葉半紙を四つ折りにした縦十二センチ、横十七センチの大きさ、十九面に細書きした約五千字にのぼるこの遺書は、いかにも不自由な獄中で書かれたものだとの実感がある。


 松陰は右上がりの字を書いた。ある書家によれば、何とも下手な癖字だというのだが、書法に従って整然と書かれているのでは、かえって松陰らしくない。


 松陰は膨大な著作を遺しているが、それはみずから版木で刷った二十字・二十行の──現在私たちが使っているのと同じ四百字詰の──原稿用紙に書いた。どれも楷書なので、平易に読みとれるのが特色である。


 過激な文言で枡目を埋めるうちに、筆をにぎる手に思わず力がこもり、右上がりの癖字が身についたのではあるまいか。

『留魂録』は、紙数を増やすまいとしてぎっしり書き込まれ、それが死を目前にした緊迫感を添えている。



  身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置まし大和魂



 この辞世にはじまる文章は、全文が十六章に分けられている。門弟たちに与える教訓、指示など具体的な記述がつづいたのち、「今日死ヲ決スルノ安心ハ四時ノ順(循)環ニ於テ得ル所アリ」とする第八章にいたって、松陰の筆は冴えわたる。『留魂録』の白眉をなす部分である。


 人間の生涯を、穀物の四季に託して説く松陰の生死の哲学は、永遠に人の心を打つものであろう。


 最後に、「かきつけ終りて後」と題し、「心なることの種々かき置きぬ思ひ残せることなかりけり」など和歌五首が掲げてある。


 悟りの境地に達した死刑囚らしいこの歌を書きつけた部分の字は、意外にもたいそう乱れている。

「十月二十六日黄昏書す」とあるのが印象的だ。処刑前日の夕刻、大急ぎで書き足したための筆の乱れだろうか。松陰はこの遺書を獄中から確実に門下生の手に渡そうとして、同文のものを二通作り、別々のルートで届ける方法をとっている。そのために時間が切迫していたのだ。

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